ネット中傷とその対策について
私が受けたネット中傷とその対策について、あるメディアの取材で記者から質問された項目に対する回答集です。多くの人が知りたいと思う事と、私の経験をもとにした対処法について一通りまとめることができました。その記者の許可が得られましたので、こちらに掲載します。
Q:ツイッターでの誹謗中傷が始まったのはいつからですか? 相手は一人?複数?
A:今回法的対処をした人物から誹謗中傷が始まったのは2018年3月からですが、同様な内容の誹謗中傷は2017年7月から始まり、複数のアカウントから次々と行われましたが、同一人物の可能性も高いと考えられます。
ツイッターでの誹謗中傷は、これまでにもニセ科学問題、原発事故後の放射線影響問題、STAP事件、HPVワクチン問題などに関して意見を出すことで、それぞれ別の人達から侮辱や私に関する虚偽の流布などの嫌がらせが行われてきました。今回のケースが特殊なのではありません。
Q:原因は?
A:今回は、森友・加計問題に関して「政府には説明責任がある」とツイッターに投稿したところ、それに反発した人達から「片瀬は政府に悪魔の証明を求めているのだ」という言いがかりをつけられて炎上しました。それに便乗して加わった人達から誹謗中傷がされましたが、その中でも特に酷かったものについて法的対処に踏み切りました。
Q:どんな内容だったのですか?
A:私が「昔淫売をやっていた」(この淫売というのは売春のことです)「娘にも淫売を強要している」「旦那は強姦魔」「研究費を着服した」「不正に学位を取得した」等の虚偽を流布した上に、一方的にそれらが本当の事だと決めつけました。中には、それらを信じてしまった人もいました。
Q:誹謗中傷を受けて、どんな気持ちになりました? 普通に生活できましたか?
A:唖然とする内容でしたが、とても気分が悪くなりました。かなり下品であり、独りよがりの理屈をまくし立てて執拗に絡んでこられたので、怒りと同時に気味の悪さと、おかしな人物につきまとわれる不安の入り混じった複雑な気持ちでした。
さらに「いじめられる側に原因がある」と考える人達もいて、これだけ酷い事を言われるのだから私が「中傷」される以前にその「⼈物」に何かもっと酷い暴力的な事をやったに決まっている等と言ってきた人もいました。
私は本名等を明かしているので、こんなことが噂として広まったら、近所に住む人達からも私と家族が白い目で見られるのではないかと不安になりました。娘にも変な噂が立つことで、何か危害が加えられたらどうしようかと、とても心配になりました。
Q:娘さんやご主人への中傷もあったが、家族のことが書かれるのはどんな思いでしたか?
A:何の関係もない私の家族まで中傷に巻き込まれてしまい、憤りしかありません。私の家族も攻撃対象にされたことは、法的対処に踏み切った理由の1つとなりました。
Q:相手にはどう対応した?
A:相手と言い争ったりはせず、流布された虚偽について丁寧な口調で否定をしました。有名ブロガーのHagexさんが殺害された事件も念頭に、おかしな相手をできるだけ刺激しないことを心掛けました。
Q:ツイッター社に通報はおこなった?どんな対応でした?
A:ツイッター社には、この件で2017年7月から始まった別の複数のアカウントからの中傷投稿も含めて、何度も通報しましたが、毎回「Twitterルールに違反していない」として何の対処もされず、放置されてしまいました。
こんなに酷い中傷投稿をされても、Twitter社からはいずれも「許容される投稿」だと判断されたことで、その度に落胆して、私はそんな中傷を受けても仕方のない人物だとみなされているのかと思い、さらに深く傷つきました。
通報を受けても中傷投稿を放置したツイッター社は、「共犯者」であるとさえ思えます。
Q:他にどんな対処をしましたか?
A:相手が中傷ツイートを消して逃げる可能性もあったので、証拠として残すために記録していきました。この作業は主に自分で行いましたが、目を背けたくなるような自分に対する酷い中傷を1つ1つ確認しながらやらねばならず、この作業をすることによって二重に苦痛を受けました。
中にはこうした中傷投稿の記録作業に耐え切れなくなって、法的対処を断念する人もいるくらいの辛い作業です。
Q:法的手段をとることにした理由は?(お金も時間もかかるが・・・)
A:私の家族にまで嫌がらせが及んでおり、このまま放置しておくとさらにエスカレートする可能性がありました。しかし、Twitter社にいくら通報しても「ルール違反ではない」と放置されてしまうので、嫌がらせ行為を辞めさせるには法的手段しか残されていませんでした。
Q:発信者情報開示請求について、どんな手続きがあるのでしょう?
A:発信者情報開示には2段階あります。
1段階目は、Twitter社などのコンテンツプロバイダに投稿者のIPアドレスを開示させる手続きです。
2段階目は、判明したIPアドレスを元に、インターネットサービスプロバイダにそのIPアドレスが割り当てられた契約者が誰なのかを開示してもらいますが、この段階でも裁判をして裁判所に開示を命じてもらいます。
インターネットサービスプロバイダが国内の業者であれば、警察が直接その業者に開示を請求することで開示される場合もあります。
基本的には、コンテンツプロバイダとインターネットサービスプロバイダに対して、計2回裁判をすることになります。
Q:発信者情報開示請求のなかで、大変だったこと、気をつけたことなど?
A:投稿内容によっては裁判所が開示するのは不相当と判断して、開示が命じられない場合もあります。弁護士の助言により、十分に名誉毀損が成立すると思われる投稿を厳選して開示請求を行いました。
IPアドレスが開示されても、海外プロバイダ経由であったりして、投稿者の特定が難しい場合もあるので、無事に本人特定できることを祈る様な気持ちでした。開示されたIPアドレスは国内のインターネットサービスプロバイダのもので、しかもIPアドレス番号から投稿者は埼玉に居住していることもその時点で判明しました。
Q:開示請求の手続きをする間も誹謗中傷は続いた? その間つらいと思ったことは?
A:開示請求をした時点では、相手のアカウントは既に別の理由で凍結されていましたので、そのアカウントからの誹謗中傷はありませんでしたが、新たに別のアカウントから同様な中傷投稿が続きました。おそらく、相手が別のアカウントに乗り換えて中傷を継続したのではないかと思います。
新たな中傷投稿についても黙々と記録をとりながら、じっと耐えていました。
Q:警察に被害届を出すのを発信者情報開示請求の後にしたのはなぜですか? 今回警察は積極的に対応してくれましたか?
A:刑事告訴をする場合でも、Twitter社は海外の企業なので(特殊な例を除いて)日本の警察の権限が及ばないことから、警察に相談する前に民事でTwitter社に対して裁判をして、裁判所から投稿者のIPアドレスの開示を命じてもらう必要があります。
まず弁護士から警察に交渉をして頂き、担当の刑事に客観的に刑事告訴するレベルの中傷被害を私が受けているという認識をしてもらいました。大量の中傷投稿を見た刑事さんから、「これはかなり酷いですね。誰が投稿したのか突き止めましょう」と言って頂き、3名のチームで親身に対応して下さいました。
相手はIPアドレスから既に埼玉県に住んでいることが分かっていましたが、刑事さん達は様々な事件を抱えて忙しい中、遠方まで何度も出張して捜査して下さいました。
1年ほどをかけて本人特定ができましたが、担当刑事から「時間がかかってしまい申し訳なかった」と言われました。警察の管轄が私の居住地に縛られることなく、相手が居住する埼玉県警にバトンタッチできたら、捜査も早く楽にできて、捜査にかかる費用も安くできたのではないかと思います。
Q:今年3月に投稿者を特定。損害賠償請求訴訟に進むが、どんな思いで訴えを起こしたのですか?
A:私は仕事の関係で本名と経歴を公開して顔も明かして活動していますが、相手は匿名の陰に隠れて執拗に嫌がらせをしてきました。警察の捜査によって、ようやく本人特定ができて、告訴に必要でしたので相手の年齢と性別、住所と大まかな職業を教えてもらいましたが、それ以上の個人情報は知らされていません。
刑事告訴をして受理されましたが、最終的に検察に起訴してもらえるかどうかは不確定ですし、起訴してもらいやすくするためにも、先に民事の方で裁判官に名誉毀損が成立するという判断を出してもらおうと考えました。
民事と刑事では名誉毀損が成立する条件が若干異なるのですが、刑事でも通用するタイプの名誉毀損が成立すれば、検察が起訴しやすくなります。
さらに、私の興味として、どんな人がこんな酷い中傷行為をしたのか、法廷でその人物を見られることを期待していました。相手が出廷しやすいように、私ではなく相手の居住地にあるさいたま地裁を選んで提訴しました。
Q:相手はどんな対応でした?
A:相手は裁判所から訴状が送られても居留守を使って受け取ろうとしなかったので、私の代理人弁護士が実際にその住所に住んでいることを確認して、ようやく訴状を受け取らせました。
しかし、相手は結局一度も法廷に現れずに逃げてしまいました。
その人は自分の言動に対して、最後まで無責任なままでした。
Q:民事裁判の結果が7月にでました。どんな気持ちでしたか?
A:欠席判決となりましたが、その場合でも慰謝料額は裁判官の裁量によって相応と判断する金額が命じられます。はたしてどれだけの慰謝料額が認められるのか、どきどきした気持ちで判決を待ちました。
判決は、こちらの請求どおりの慰謝料200万円が命じられ、さらにめったに命じられない「謝罪文」の交付も命じて下さいました。
慰謝料200万円に加えて弁護士費用20万円と調査費用43万8000円を合わせ、総額263万8000円という高額な損害賠償が命じられたことで、判決には満足しています。
Q:慰謝料が名誉毀損としては高額だと思いますが、どんな理由でそうなったと思います?
A:裁判官がそれだけ悪質であると判断したからだと思います。中傷投稿の内容の酷さに加えて、裁判から逃げた無責任な態度によっても、被告側の悪質さの評価が高まったのではないかと思います。
Q:判決を受けて、相手はどう対応している?
A:相手は控訴せずに、そのまま判決が確定しましたが、私の代理人弁護士から支払いを催促する通知をした後も賠償金は支払われず、謝罪文も交付されないままです。もし高額な賠償金を一度に支払えない場合でも少しずつ分割して支払うとか、とりわけ謝罪文交付は金銭的な余裕が無くても可能なのに、それすらしないのでかなり不誠実です。
謝罪文交付については、間接強制といって、謝罪文の交付を促すために一種のペナルティーとして裁判所から「交付するまで一日につき1万円を支払え」という決定が出されましたが、それでも無視されたままです。
相手は損害賠償金に加えて損害遅延金と謝罪文交付の間接強制によって、日に日に私への負債が膨らんでいる状況です。
Q:結果、裁判の費用にはどれぐらいかかったのですか?
A:次の各費用がかかりました。
・Twitter社への発信者情報開示
・弁護士による刑事告訴のサポート費用
・民事での提訴
・謝罪文交付の間接強制の申立
などを合わせて約100万円になりました。
Q:現在は、この件に関してどんな状況ですか?
A:相手の別アカウントと思われるものからの中傷はとまりました。
さらに、高額の賠償金を命じた判決内容を紹介したツイートを私の固定ツイートにしたところ、これが「護符」のような効果があって、私に対する中傷投稿が全般的にぐんと減りました。
※これは劇的な変化です。
Q:時間もエネルギーも費やして戦われたわけですが、どんな思いがそれを支えたのでしょう?
A:ネット利用者が増えるに伴ってネット中傷の被害者も増えてきています。「クズを相手にしても時間とお金が勿体ない」と言われたりもしましたが、ネット中傷をする人達への牽制になることも期待して、金銭的な損を覚悟の上でやりました。
本人特定に成功して、民事で相手に高額の賠償を命じた判決が出されましたが、もし運悪く本人特定に失敗していたら、何の成果も得られなかった可能性もありました。今回、私は運が良かったのだと思います。
Q:片瀬さんのようなトラブルにあった人がいたら、どんなアドバイスをしてあげたいですか?
A:中傷をしてくるおかしな人はできるだけ無視して、相手に気付かれない様に黙々と記録をとっておき、証拠を残して下さい。もし激しく言い合いをすれば、「あなたがそんな風に言わなければ、相手もそんな罵倒はしなかったでしょう」、「そういう風に言わせたあなた側にも責任がありますよね」、等と喧嘩両成敗にされてしまい、名誉毀損とは認められなかったり、損害賠償額が大きく減額されてしまったりすることになり得ます。
そして執拗でおかしな中傷をしてくる人は、心に何らかの問題を抱えている可能性があるので、そうした面からも対応は慎重にして下さい。中傷投稿者を批判した人が逆恨みされて殺害された事件も起きています。できるだけ直接相手をせずに、酷い場合は刑事告訴などを念頭に警察に相談することをお勧めします。
投稿の記録の取り方は、ブラウザの印刷機能で「PDFに保存」するタイプを選び、投稿内容と一緒に、ヘッダとフッタにその投稿のURLと日時も記録しておきます。
法的な対処が可能かどうかは、ネット中傷分野に詳しい弁護士に相談して下さい。プロバイダが保存している投稿者のアクセス記録の保存期間は数か月程度と短い場合があるので、その期間を過ぎると投稿者の本人特定ができなくなります。早めに弁護士に相談することをお勧めします。
Q:今回の一連の経験を経て、どんなことを学んだと思いますか?
A:ネット中傷被害者の負担が大きすぎます。
特に費用ですが、相手を法的に訴える費用に加えて、その前に発信者情報開示請求を少なくとも2回する必要があり、その費用が余分にかかります。
次に発信者情報開示の壁の高さです。本人特定できるかどうか不確定要素が多くて、「賭け事」みたいに運頼みとなっています。
一段回目の開示請求に成功してなんとか相手のIPアドレスが判明しても、海外プロバイダ経由で追跡困難になる等、本人特定ができないケースがありますが、これは開示請求してみないと分かりません。
また、発信者情報開示の壁として、約20年前につくられたプロバイダ責任制限法はTwitterなどの「ログイン型投稿」に対応しておらず、裁判官による判断のブレがあって開示が命じられない場合もあり、こちらも不確定要素の1つとなっています。今回は警察が最終的に本人特定をしてくれたので、この問題は回避できましたが、「ログイン型投稿」に対応できるようにプロバイダ責任制限法の改正が必要ではないかと思います。
私がこれまでに様々なネット中傷者と対峙してきて思うのは「負けるが勝ち」という事です。一見、損なようですが、相手の顔が見えないツイッターなどのネット上では、互いに罵り合いになってエスカレートしがちです。
法的対処を視野に入れると、相手に好きなだけ言わせておいて、自分は「被害者」であることに徹し、最後に記録しておいた相手の中傷投稿を証拠として使うことで立場が逆転します。総合的にみて、相手からボカスカと一方的に叩かれても、裁判では「加害しなかった方」がより有利となって勝てます。
今回、誹謗中傷をしてきた相手は60歳代の男性でした。この年代はいわゆる「ネトウヨ」と呼ばれる人達の年齢層と重なりますが、最近のネット利用者は若者よりも中高年齢層の人達のマナーの悪さが目立っています。
高齢者にも「ネットマナー」教育が必要だと思います。