法的対処のためのネット中傷被害者の心得
私のこれまでの経験を踏まえて、ネット中傷にどう対処したら良いかをまとめてみました。実際はケース・バイ・ケースですので、これがベストなやり方ではない場合もあります。「参考」の1つとしてお読みください。
■中傷者にどう対峙するか
・おかしな相手を刺激しないこと
いきなり変な言いがかりをつけてきたり、普通にコミュニケーションがとれない人は、心(精神状態)に何らかの問題を抱えていたりする可能性が高いので、慎重に対応する必要があります。中傷者を批判したことで、逆恨みされた事件も起きています。(hagexさん殺害事件など)
・マドハント効果
1人でも変な人を相手すると、次々に同じ様な人達がやってきて、きりが無くなることがよくあります。私はこれを「マドハント効果」と呼んでいます。こうした人達は同類仲間の様子を見ながら獲物を探しており、誰かが攻撃を始めるとわらわらと集まってきます。できるだけ相手にしない方が良い人達です。
・相手を「やっつけたい」という気持ちを抑えること
酷い中傷をされたら腹立たしいものですが、その場で相手に「仕返し」をするのはできるだけ控えて、相手を刺激しないようにそっと記録をとることをお勧めします。(対象が誰かを明記せずに嫌味をつぶやいても、心当たりのある人を刺激して面倒になるので、それもしない方が賢明です)
・周囲の人に相手を攻撃するように仕向けたりしない
他者を制御するのは難しいですが、無関係な人達(野次馬)が参入してバトルを始めると事態が拗れやすくなります。相手を攻撃対象として他の人達に示したりするのは控える方が無難です。
・仕返しせずに「被害者」の立場を貫くことが後の裁判で有利に
相手と激しくやり合ってしまうと、裁判になった時に「お互い様」「喧嘩両成敗」と見なされてしまい、名誉毀損とは認められ難くなったり、名誉毀損が認められても賠償金が少額になったりします。相手への挑発や攻撃的な言動は極力控えて、自分で相手をやっつけようとせずに終始「やられた側」でいることが後の裁判で有利になります。「負けるが勝ち」と割り切って被害者の立場に徹するのが秘訣です。最小限の反論に留めて、あとは法を頼りましょう。
・法的対処可能かどうかは弁護士に相談すること
相手の投稿内容が実際に法的にアウトになるものかどうかは、ネット中傷問題に詳しい弁護士に相談して判断してもらう方が良いです。素人が判断するのは結構難しいのです。
・やたらと「訴えてやる」等と脅さないこと
法的対処を考えていても、実際に提訴しなければ「訴訟恫喝」とみなされてしまいます。できるならば、法的対処をした結果(判決など)が出るまで第三者には伏せておく方が良いと思います。名誉毀損裁判は裁判官による判断のブレ幅が大きいので、予期せぬ判決が出される場合もあります。結果が出るまで慎重にしておく方が無難だと思います。
■中傷投稿の記録
・記録のやり方(PCで記録する方法)
私は普段PCを使用しているので、ここではPCのブラウザ(Google Chrome)でTwitterの中傷投稿を記録する手順を説明します。PDF形式で保存します。
①記録したいツイートの「投稿時間」の部分をクリックする
②ツイートを選んだ状態
③ブラウザの「設定」→「印刷」→「PDF」→記録
※次は、裁判所に提出したツイート記録の実例です。
「記録した日付」「投稿された日時」「ツイートのURL」が漏れなく記録されます。
■中傷記録をする際の注意点
・記録は複数ヵ所に保存しておくこと
記録を保存していたPCが故障するなどのトラブルに備えて、別のPCや記録媒体にもコピーを保存しておく方が安心です。
・その時期の相手のツイートを網羅的にも記録しておく
「自分に都合の良い部分だけを記録した」と反論させないために、念のため相手のツイートは個々のツイートの他に、補助的にその時期の相手のツイート全体をまるっと網羅的に記録しておくと良いと思います。量が多くなってしまいますが、全体を記録しておいた中に、相手の本人特定につながる情報が含まれていることもあります。
こんな感じで…。
・中傷記録は適度に気分転換しながらやる
自分の「悪口」をこつこつと記録していくのは気が滅入る作業であり、かなりストレスになります。精神状態を悪化させないために、適度に気分転換しながらやることをお勧めします。もし手伝ってくれる人がいたら、手分けしてやってもらうと良いでしょう。
■発信者情報開示請求について
・発信者情報開示を求める裁判は2回する必要がある(原則として)
相手が匿名で投稿している場合、訴える前に本人特定する必要があり、原則として少なくとも2回の裁判をすることになります。
1回目:コンテンツプロバイダに発信者情報開示請求
→相手が利用したIPアドレスを開示させる
2回目:インターネットサービスプロバイダに発信者情報開示請求
→1回目の裁判で開示されたIPアドレスから投稿した人物の情報を得る
・本人特定ができない場合もある(不確定要素がいくつかある)
①投稿に使われたIPアドレスが海外経由などで、本人特定が困難となる場合があります。
②関係する法律(プロバイダ責任制限法)の制定が約20年前であり、当時にはなかったTwitterやFacebookなどの「ログイン型投稿」に法律が対応しきれていない問題があり、裁判官によっては開示を命じないこともあります。
■刑事か民事か
刑事の場合
①長所
・相手に自分の本名などの個人情報を知られずに済む
・刑事は本人のみでやれば特に費用は不要
・相手が起訴されて有罪になれば「前科」がつく
②短所
・弁護士のサポートを受けないと告訴状が受理され難い
・「忙しいので名誉毀損は刑事ではなく民事でやって欲しい」という警察・検察の本音があったりして、消極的な対応をされがちです。担当する刑事によっても対応が大きく異なってきます。
・起訴のハードルが高い
一般的に、検察官は無罪判決が出されるかもしれない懸念材料が少しでもあれば、不起訴処分にして終わらせます。法的に名誉毀損が成立するかどうかはグレーゾーンの幅が広いこともあり、相手が争う姿勢を示していると起訴に慎重になります。(同様なことは、性犯罪でも見受けられます)
・Twitter社などの海外企業に対する限界
(特殊な場合を除き)発信者情報開示を求めるのが海外企業の場合は、日本の警察の捜査権限が及び難いので、先に民事で裁判をしてTwitter社などからIPアドレスを開示してもらう必要があります。
民事の場合
①長所
・刑事ではなかなか起訴してもらえないのに対して、民事だと裁判を起こすハードルは高くなく、裁判官に法的な判断を下してもらえます。
②短所
・相手に個人情報を知られてしまう
原則として訴状に自分の本名と住所などの個人情報が記載されるので、相手にそれを知らせることになります。悪質な相手に住所を知られてしまうのは躊躇してしまいます。提訴に踏み切るには金銭的な問題の他にもこうした問題があります。
・弁護士費用が相応にかかる
弁護士に依頼せずに本人訴訟をすればその費用はかかりませんが、裁判で法律の素人が適切に主張するのは難しく、本人訴訟は不利になるのでお勧めしません。
・原則として裁判は公開される(公開を望む人には長所)
裁判資料も第三者が閲覧できます。ただし、裁判所に裁判資料の閲覧制限の申立をして認可してもらえたら、部分的に情報を伏せてもらえます。
※もし余裕があるならば、刑事と民事の両方でやると良いと思います。
■「名誉毀損裁判」の難しさ
名誉毀損が成立するかどうかは判断のグレーゾーンが広いので、裁判官によるブレが大きくなり、どの裁判官が担当するかによっても判決内容が変わってきたりします。予想外の判決が出されることも少なからずあります。
■費用の目安
弁護士に依頼した場合(ケースバイケースなのであくまで目安です)
民事で70万円、刑事で50万円、民事+刑事で100万円ほど
■弁護士に依頼する
弁護士の選び方
・知り合いに弁護士がいたら、ネット中傷分野が得意な弁護士を紹介してもらう
・弁護士会でネット中傷対策の講師をするなど、同業者から力量を認められている弁護士を探す
・高齢のベテラン弁護士よりも中堅・若手の弁護士の方がネットに詳しいことが多い
・相談した際の印象も考慮する(依頼する弁護士との相性は大事です)
弁護士に相談する時の参考に
・弁護士とはできるだけメールで連絡して記録を残す
弁護士からの説明や連絡事項を後から確認できるので便利です。投稿記録もメールに添付して送ることができるので、情報として何を渡したかについても記録が残ります。また、弁護士は自分だけを担当しているのではなく、他の案件も抱えて忙しいことが多いので電話はできるだけ控えた方が良いと思います。
・弁護士に提供した情報(文書、URL等)を一覧表にしておく
相手が大量に中傷投稿を続けるケースでは記録量が膨大になり、整理・保管が大変になるので、リスト化しておくと何かと便利です。
・経緯を把握しやすいように時系列表も作っておく
・自分に不都合なことも隠さずに全て弁護士に話す
もし不都合なことを隠して後で困ったことになるよりも、依頼した弁護士に正直に全部話しておき、最善策を立てて対処してもらう方が賢明です。隠し事は弁護士との信頼関係にも影響してきます。
■補足
・裁判で大勝ちできたら、護符代わりに固定ツイートにする(効果絶大)
私の場合、高額の賠償金を命じてもらった判決を紹介するツイートを「固定ツイート」にしてから、嫌がらせをしてくる人が激減しました。「護符」として使えます。
・判決による効果
裁判で勝訴しても、判決で命じられた賠償金が期待したほどの額ではないこともあります。それでも、「勝訴した」という事実は相手に対して威力を持ちます。
判決で高額の賠償金を命じてもらえた場合でも、相手が応じなかったり、支払い能力がなくて賠償金をとることができない場合があります。その場合でも、「勝訴した」という事実の他に、相手が自分に対して負債があるという「負い目」を持たせることで、心理的なプレッシャーを与え続けることができます。
・民事裁判では「判決」ではなく「和解」も選べる
裁判官が和解を勧める場合もありますし、不利な判決を出されそうな側がそれを避けるために相手側に和解の申し入れをしてくることもあります。「和解」を成立させる条件に慰謝料等の支払いを組み込めば相手からお金を取りそびれることは避けられます。
ただし、「和解」だと「判決」による勝ち負けが明確に出されずに終わるので、(私が知る事例では)後から燻る場合も少なからずあります。
「判決」or「和解」のどちらを選ぶのが良いのか、弁護士ともよく相談して熟慮して決めることをお勧めします。