三 存在としての「しゃべる犬」
ポールはとても用心深かった。初めて僕に話しかけてから、次に口を開くまで実に二週間を要した。どうやら僕が「しゃべる犬」という存在を受け入れられる人間か観察していたらしい。
「あんた、珍しいで」と彼は言った。
普通の人はポールがしゃべると大騒ぎして、その後で自分の耳を疑うそうだ。僕は大騒ぎをするタイプの人間ではないだけで、もちろん自分の耳を疑ってはいたのだが、それはポールには黙っておいた。
でも、とにかく僕とポールは話をするようになった。
最初の頃に彼が言った言葉で一番印象に残っているのは、
「犬がしゃべったかて、別に世界が変わるわけやあらへんやろ」というものだ。
「でも」僕は反論した。
「ふつう僕らは犬がしゃべらない世界に生きてるんだ」
「そやから、世界を変える必要はないんや」ポールを大儀そうに溜息をついた。
「今自分らが生きてる世界、そこにわしの存在をちょいと付け足すだけでええんや。ほんま、簡単なことやで」
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