九 ソウタイセイリロンの罠
夜の公園で僕がソウタイセイリロンについて話すと、ポールは下を向いて悲しそうに笑った。
「すべての人に慰めを与える理論、ですかい。アインシュタインさんもたいそうなもん発明されましたな。ほんまに、偉いやっちゃ」
「それ、皮肉?」
「皮肉なわけあるかい。人に慰めを与えるなんてなかなかできることやないで。しかも、すべての人に、やろ。こんな偉い奴、他におらんで」
そう言いながら、ポールはちょっと頭をかいた。薄暗い公園の灯りに照らされた大きな影が、ゆらり、と揺れた。
「ただ、な」
「ただ、何?」
僕が聞き返すと、彼は今度は僕の顔を見てにっこり笑った。でも、その笑顔はさっきよりずっと悲しいものに感じられた。
「わしは、相対性理論で救われない、唯一の存在なんや」
「…」
「一番かっこわるくて一番勉強ができなくて、一番走るのが遅いわしは、他のみなさんがたの慰めの源かもしれんけど、わし自身は決して慰めをえられんのや」
「そんな…」
「すべての人に希望を与える。ただし、ひとりの人の絶望と引き替えに。それが、相対性理論や。違うか?」
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