小説【 HERO 】
この雨はいつまで続くのか…朝めざめるたびに疑問がよぎり、寸前に見た夢が現実になる。繰り返される悲劇を防ぐために彼は立ち上がる。
※収録の短編集は4月20日発売(税込400円)↓
雨音のなかでアラームが鳴っている。スマートフォンの振動も。
佐山和樹はベッドから手を伸ばす。床にスマートフォンを置いていた。枕元に置かないのは近いとすぐとめて二度寝するため。携帯電話の電波が「脳に悪い」と聞いたのもある。しかしアラームのとめ方は体が覚えていて、スマートフォンを手探りで見つけると適当に画面をこする。何度かこするといつもとまった。見なくても起きなくてもできるからもっと離して置かないと二度寝防止にはならない。
寝起きはここ数日悪かった。「いつまで降ってんだよ」と和樹はつぶやく。梅雨らしい梅雨で今は強雨。屋根を叩き雨樋からは溢れ、それらの水音がうるさく眠りは浅かった。嫌な夢も見た気がする。どんな夢だったかははっきりしない。体の節々がだるかった。睡眠中にムダに力んだようなだるさ。
(今日は休もうか)と思う。就職してこの半年の平日毎朝思った。今朝は雨のせいもある。
やっと起きて洗面所に行き顔を洗っていると「もう邪魔」と愛里の声がした。年の離れた妹で高校2年生。歯ブラシを取りたいのに和樹が邪魔でウロウロする。しかし和樹は特によけない。
顔を洗っても眠気は覚めずダイニングに来て椅子に座りリモコンでテレビを替えていると「5分早く目覚ましかけたってその分ボンヤリしてんじゃ意味ないでしょ」と母親が和樹の朝食をテーブルに置く。「早く食べなさい。また遅刻よ」
実際は5分ではなく10分だった。目覚ましのセット時間は先週まで7時10分だったのを今週7時に早め(5分ボンヤリしてもまだ5分早い)と思ったが言うのは面倒で和樹はスルーする。
「いってきます」と愛里が走って廊下を通過した。学校の制服に雨合羽を着た格好で、
「自転車?」と母親が聞くと、
「バスなんて来ないよこの雨じゃ」と愛里の声が玄関の方から答える。
「危ないでしょ。バスにしなさい」と母親は玄関に向かい、
「だからそれで遅刻したって言ったじゃん昨日」
「母さん車で送ってあげるから」
離れて声が小さくなって和樹はほっとする。(やっと静かになった)
「いいよ私は。早く会社行かせなよ」と愛里は和樹のことを言っている。「いってきます」
「もう、気をつけるのよ」
テレビが天気予報になり「よく降りますねぇ」と気象予報士のおじさんがお天気カメラの映像を見ながら言う。「3日間も降りっぱなしというのはこれまでなかった記録的なことで」
(3日じゃきかんだろ)と和樹は内心思う。(1週間ぐらい降ってんじゃねーか?)
「地盤が緩んでますので土砂災害への十分な警戒が必要になります」
よく聞くフレーズに(警戒ったってねぇ)と和樹は首を振り、そのままボンヤリしていると目の前にドンとご飯が置かれた。
「早く食べなさい。会社クビになっちゃうよ!」と玄関から戻った母親が怖い顔で言う。
(別にね、クビになったっていいんだ)と和樹は思いながら家を出た。8時5分前。(なんもおもしーことない)
※収録の短編集は4月20日発売(税込400円)↓