小説 【 あるハワイの芸術家 】 -6-
その頃クリスはコンピューターソフトのプログラマーをしていたが絵を描くのが趣味で、それが売れてからは画家、芸術家として暮らしている。今は水彩や油彩の具象画を描き、ほかに粘土や針金を使ったオブジェなども造る。2年前には小説の短編集も出した。一番評価されているのは絵。ワイキキのいくつかのホテルには目立つところにクリスの絵が飾られている。小説は難解でジェシーにはよくわからなかった。絵のファンにしか売れなかったという話だった。
クリスはどんな絵を描いても褒めてくれ、ジェシーは絵を描くのが好きだった。そしてクリスのことも。だからその頃クリスがつき合っていた恋人、アマンダという女をジェシーは大嫌いだった。家族でバーベキューをした時にクリスが何度か連れてきて、ジェシーはケイトの後ろから睨んだのを憶えている。
トーマスが死んだのはジェシーが6歳の時。工場火災の消火中に大きな爆発に巻き込まれ、全身を打ってその日の夜に息を引き取った。
ジェシーは勿論悲しかったがケイトやクリスとは悲しみの度合いが違った。墓地での埋葬時の記憶は鮮明でケイトは何も見えてない目をしていた。立っているのがやっとの感じで、その腕を支えるクリスは表情がなかった。
ケイトはしばらく泣き通しで酒を飲み始めたのはその頃。ケイトは酒が嫌いだった。ジェシーの父親に当たる元夫や自分の両親のような酔っぱらいが何より嫌いで、トーマスに惹かれたのは酒を飲まない男と知ったから。
▼収録した短編集は6月20日に発売。ただいまHPで全文公開中です。ぜひ。