小説 【 あるハワイの芸術家 】 -8-
それでもある夜、強い雨が降る夜にジェシーは言いかけた。
ベッドで本を読んでくれたクリスが「そろそろ帰らないと」と腕時計を見て、
「泊まってけばいいのに」とジェシーが引きとめ「雨だし」と窓を見ると、
「そうもいかない」とクリスはベッドからおりた。
「アマンダのとこ?」と聞くと、
「違うよ。帰るだけ」と首を振り、
「アマンダ元気?」
「どうかな。最近会ってない」
「ふーん。喧嘩?」と聞いてもクリスは苦笑して「もうおやすみ」と言った。
「パパと叔父さんは、どっちがいい人?」
「ん?」
「叔父さんはママのこと好き?」
クリスはベッドの横に座ると「勿論トーマスだ。叔父さんよりずっといいヤツだった」とゆっくりうなずいた。「強くて、勇気があって、火事にひるまない男。そしてジェシーとママが大好きで、やさしかった」
「叔父さんもやさしいよ?」
「俺よりもっと――いいヤツすぎて天国に呼ばれたのかもな」
「ママもそう言う。いい人すぎて神様が連れてったんだって」
「かもしれない」
「だったら私は、いい子になんかなりたくない。死んじゃうの怖い」
「悪い子でもいいよ、死んじゃうよりは」
「うん――」
「おやすみ」とクリスは微笑してジェシーの鼻をつまんだ。
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