小説 【 あるハワイの芸術家 】 -2-
しかし立派なことは言えなかった。取材をさせてもらっていると実際ひどくは書けない。書けば恨まれるし「辛口」という評判になれば取材はしにくくなる。自分の舌に自信があればスタンスを貫いてもいいがジェシーは自信がなかった。熱もない。いま担当しているグルメ関連、観光関連は希望したわけではなく、担当を任されて4ヶ月でまだ詳しくもない。地元紙に入社して3年目だが「経験を積む」という名目であちこち使い回されていた。こんな仕事をしたくて新聞社に入ったんじゃないのに、と思う。いつまでこんな毎日が続くんだろう。
電話が着信したのは取材を終えて駐車場に来た時だった。スマートフォンが振動しバッグから出すと画面に「クリス叔父さん」の文字。ジェシーは懐かしく「はい、クリス叔父さん?」と出ると、
「ごめんなさい、クリスじゃないの。私なの」と返ってきたのは女の声で、
「あぁ――叔母さん」
ジェシーは静かに息をした。相手はクリスの妻のスーザンで、
「ごめんねいつまでも自分の携帯持たないで。いま話せる? 仕事中?」と続けた。
「ううん、平気」
第一声を明るくしてしまったのでジェシーはトーンを落とせず、
「変わりない? お仕事順調?」と聞かれても、
「まぁ、なんとか」と言うしかなかった。「そちらは?」
「私は相変わらずだけど、クリスがね」とスーザンの口調は変わり、
「なに?」
「事故に遭って」
「事故?」
思えば夕方5時前の電話は緊急の用に決まっている、と聞き返しながら思った。
***
▼収録した短編集は6月20日に発売。ただいまHPで全文公開中です。ぜひ。