小説【 dreamers 】7
ラブホテルに入っていく母を見ても英理は棒立ちだった。大声で呼んだり追いすがったりできなかった。ただその場を逃げるように離れ、駅に行くまでのあいだ何度か通行人にぶつかった。
駅に着いてもすぐ電車には乗れず、しかしいつまでもホームにいては帰りの母と鉢合わせるかも、と乗車したが結局地元の駅の1つ手前で降りた。このまま帰れる? 家でママと会ってどんな顔をすれば?
ホームで何本も電車を見送り、2時間はぼんやりしていた。
「どうしたの、ボンヤリして」
「え?」と英理が見ると、
「なんかあった?」と恭子が冷しゃぶを食べながら聞く。
あったなんてものじゃない。不倫を目撃してショックで注意散漫になってダンプカーに轢かれそうになった。死にかけた。それでも、
「別に――」と英理は目をそらす。
「そう」と恭子は食べ続ける。
見ていると英理はまた頭に血がのぼる。
「今日ママ見たよ」
「え」
「午後に」
「――どこで」
「富士見町」
「――」
「今日はせいぜい駅前って言ってなかったけ朝」
「うん――」
「パパには言わないけど」
英理はそのつもりだった。父の耳に入れていいわけがない。
父は仕事人間で休みは寝てばかり、夫婦の会話はろくになく英理は母に同情していた。毎日つまんだいだろう。何が楽しくて過ごしてるんだろう。
それでも不倫は嫌だった。
「娘としちゃ嫌だけど」
父を裏切ってるんじゃ母の味方にはなれない。
「そう――」と言ったきり母は黙る。気まずい沈黙。娘に不倫を知られれば当然だろう。弱みを握られてギコチない関係が続き、
「ママからなんか聞いてないか」とある日父が言ってくる。
「なんかって?」
たぶん朝。起き抜けに父は「出てったみたいだ。置手紙」と差し出す。「この家にいるのが耐えられないって」
「え?」
「電話も何も、連絡つかない」
そして母は死体で見つかる。あの男と心中して。ふたりで海に飛び込んで。
目撃をほのめかしたら最悪そうなるかもしれない。
迂闊に言えない、と英理は頭を冷やす。言ってはいけない、と自分の口を塞ぐように箸を進めた。
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