見出し画像

後遺症を受け入れるという事


綺麗な空を見るために顔を上げる

いつまでも夏が抜けきらず外出できない今日この頃。
皆さんはいかがお過ごしですか?
今日は私が後遺症に向き合うきっかけから今までのことを知ってもらいたいなと思います。


代償性発汗を発症する経緯

手掌多汗症をご存知でしょうか?私は小学校で同級生に嫌がられた事で気にし始めました。遠足など手を繋ぐことが多く毎回嫌がられて、なんだか申し訳なくさえ思っていました。緊張や不安な時は特に手のひらから大量に汗が出て、テストのプリントなんか消しゴムで消すとビリビリに破けるので筆箱を文鎮がわりに使っていたし、汚いものを触っているかの様にプリントをつまんで後ろに配り、触らないように気を使いました。とにかく恥ずかしかったのでバレない様にしたかったのを覚えています。

前回の自己紹介で少し触れましたが美容師になりたくて手掌多汗症の手術をした事で今度は代償性発汗と言う後遺症が発症しました。

代償性発汗とは手のひらの汗を止めるために神経の一部を切断するETS手術を受け、交感神経の一部を切断することで他からの汗の量が増える後遺症です。当時は稀に発症するとの説明でしたが、ネット社会になった今調べると、ほとんどが後遺症として出ると言われています。少し増えるから日常生活で支障が出る程の人まで様々です。私の場合、生活に支障が出る程のものとなりました。やはり同じ様に苦しんでる方達もいます。自殺者もいるようで問題視され海外ではETS手術を禁止する国もあるとネットで見ました。
それほどのことです。本当に…。

代償性発汗の方


まず分かってもらえないと言うこと。汗はみんながかくものなので理解されません。自分の体が過剰反応を起こし写真のように汗だくになることの恐怖が生まれ引きこもり、そしてメンタルがやられていく。
汗が止まらず出続けることで、脱水のようになり体調も悪くなります。
普通にみんなと同じ行動をする事が難しいので誘いは断り続けその結果孤独になります。孤独になると安堵しました。
私の場合交感神経を繋ぎ直す手術も難しく、治ることはありません。
とても辛く苦しい後悔の20年間を過ごしました。

開き直り

人との関わりをやめたことで解放感が生まれました。恐怖に感じる事が全くないなんて言い切れませんが本当に楽になりました。とはいえ、仕事は行かなければいけないので仕事上では今もなお辛いです。40歳になり体の衰えを実感したのは倒れることが増えたこと。過剰反応が起きると、外だろうが仕事中だろうがお構いなし。さらに回復も遅い。若い時は汗が出だすとトイレに駆け込み、治るのを待ってから常に持参している洋服一式(下着も)に着替えられていましたが今ではフラフラで動けません。
年齢と共に体への負担も大きくなっている事を実感します。仕事中に何度もこうなると次第に周りからの目線も変わってしまい転職を繰り返してきました。転職を繰り返してまた1から覚え直し、また夏や冬には代償性発汗の症状が現れるの繰り返し。何かが変わらなきゃ同じだと感じて、無理なもんは無理。そう開き直って後遺症と共存していく働き方を模索中です。
今はインテリア業界で勤めておりますが日々自分の体と闘っています。愛犬を亡くしいろんな事が重なって胃潰瘍になってしまい現在休職中、老いには抗えないなと落ち込み、日々悩ましいです。
でも何もしなくても歳は勝手にとっていくし老いは自然な事です。できることから始めていくしかないし、願っても、泣きわめいても、若返る事もなければ後遺症が消えてくれるわけでもありません。

後遺症を受け入れると言う事

後遺症を持っている方は様々な苦悩があります。人並み揃えて歩くのが当たり前なこの日本では生きづらさを感じ、同じ様に出来ない自分を責めたり、無理に頑張ったりそうして自分を攻撃し壊れていくんだと思います。
だから考え方を変えてみて、これが私の個性であり、できない事は出来ないでいい。出来ることを頑張ろう。自分だけは理解してあげて守っていこう。受け入れ認めよう。出来たことを褒めよう。そしたらちょっとずつ勇気が湧いてくるし、下ばっかり向いて隠れていたのが少しずつでも前を向いて歩いていける気がするから。もう思い切って、これが私なんだ!と。
ダメなとこ良いとこみんな持ってます。
後遺症を受け入れ、後遺症と共に生きる。「自分だけが」と落ちていくより、「自分だから」にフォーカスしていきたい。
人生自分次第で上がったり下がったり、どうせなら楽しく生きたいから
どう思われようが理解してもらえなかろうが、やれる事だけに全力を出し頑張ろうと思っています^^

最後まで読んでいただきありがとうございました。

こんな人も居るんだ。と何か感じて頂けたら幸いです。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?