11-4 クリハラ10番勝負!4
夏の鴻ノ巣山の朝だぜ……。
あいにく、朝の散歩としゃれこむ気分にはならないが……。
「……なあ、ナミ。アイツ、本当に来るのか?」
「……わかんない。一応、打診はしてみたけど、彼の行動は、教団上層部でもはかりかねているから……」
クリハラの野郎が【クリハラ10番勝負】とか言い出した翌日。
俺とナミは、鴻ノ巣山に来ていた。どうしても、会わなければならないヤツが居るからだ。
「……ったく。だいたいアイツ、なにモンなんだよ」
「……………………」
ドサクサまぎれに核心を突く質問をするが、案の定、ナミは黙ってうつむいている。
「俺はこの物語の道化。……お前と同じくな」
ハヤト「そうそう。道化だとかなんとか、キザなことぬかして……」
美声に振り返ると、いつのまにか、目当てのその男が立っていた。
「お前のほうからナミを通じて俺を呼び出すとはな。なんの用だ?」
「…………お前、あのとき言ったろ……俺に成長がないって」
家出したシンジローを探して鴻ノ巣山に行き、コイツに手も足も出せずボコられたときだ……。
ギリッと奥歯を噛みしめ、俺は続けた。
「……俺がこれ以上強くなるには……どうすればいい?」
「無理だな。アリバを持たぬお前では、これ以上強くなどなれん」
こ、コイツ……なんつーミもフタもない答えだよッ……。
プライド捨てて頭を下げてるってのに……。くそっ。コイツやっぱ嫌いだぜ……!
「け、けどよっ。あのとき言ったじゃねえかっ。『恐怖を否定するな。己のものにしろ』って。そしたら、今以上の強さを発揮できるってよ!」
「まあな」
ハヤト「矛盾してるじゃねえかっ」
ホクト「強さにもいろいろある。……ゲーム理論のミニマックス原理は知っているな?」
げ、ゲーム理論? コイツいきなりなに言ってんだ? 知らねーよ……。
「……『長期的な戦いを想定した場合、敵に最大の損害を与えるより、自分の損失を最小に抑えたほうが、優位に立てるという理論』……」
ナミの答えを聞いて、なんとなくピンときた。
格闘ゲームでも、何百戦と連戦した場合、攻めまくるヤツより、ガード固いヤツのほうが勝率高いもんな。つまりアレか……?
「お前の取り柄である集中力で、敵の攻撃をすべて見切り、一発も被弾しなければ、アリバの有無も関係あるまい」
「い、一発も……?」
最強の悪意の幼生体とアイスクィーンとの死闘が、フラッシュバックした。
回転する無数の風刃……飛来する無数の氷剣……。
ホクト「そのためには、今よりもさらに集中力を高める必要がある。極限までの集中力。言うなれば、『全回避の集中』」
ホクトはニヤリと笑う。
コンセントレイトモードをさらに超える、極限の集中力……
全回避の集中……。
「……ソレ、どうすりゃいい?」
「死ぬほど恐ろしい目にあってみろ。その恐怖が、お前の集中力を限界以上に高めるかもしれん」
ハヤト「……俺が一番恐怖したのは……マユ……最強の悪意の幼生体と戦ったとき……。けど、だからって、マユをもう一度悪意に覚醒させるわけにゃいかねえっ。ってことは……」
目の前の男をにらんだ。知らず口元が笑っていた。
「……やっぱりお前に頼むしかねーわけだ。ホクト」
「ふむ。つまりお前が死の恐怖を感じるくらい、本気で攻めてこいと、そう言ってるのか?」
ホクトは、義手を見せつけるように、チュインチュイン動かす。
ホクト「かまわんが、本当に殺してしまうかもしれんぞ。それでもいいのか?」
「……ああ。上等だ。そのくらいじゃねえと、『集中』のさらに向こう側へなんか行けねえ。やってくれ」
「はっ、ハヤト……」
「…………しかたねえさ。クリハラを……弟弟子を、ガッカリさせるわけにはいかねーからな!」
◆
おれは高宮八幡宮でコミネさんと待ち合わせた。明日はクリハラ10番勝負。その最後の総仕上げをするためだ。
「クリハラよ。我らふたりで町をまわるぞ。修行の締めだ。相手がどんな属性であってもひるむなっ」
クリハラ「は、ハイ! 行きましょう。コミネさん!」
そしておれたちは町へとくりだした……。
おなじみの大池通り……こんなところにも悪意はウロウロしている……。
美味いたい焼き屋がある野間四ッ角……よくカムラがハヤトさんにたい焼きをおごらされてる……。
そして高宮通り……。100円ラーメン『勝竜軒』は、ハラペコ学生にとってはもはや約束の地……。
おれとコミネさんは、次々と現れる悪意を相手に戦いまくった。
風属性がふたりだけで、苦手な火属性が現れたら苦戦は必至。
なのに、コミネさんの戦闘力は凄まじく、まったく問題なかった。
でも……クリハラ10番勝負では、そんなコミネさんとも、ガチで戦わなければならないのだ……。
再び『野間四ッ角』に戻った。
のどかな街に不似合いな、飲み屋や風俗店が固まったエリアがある。
その一角から、とつぜん女の悲鳴が聞こえてきた……!
おれとコミネさんは、目を見合わせてすぐにダッシュした。
暗い路地裏に入ると、そこでは……
「…………うう…………ごめんなさい……もう……やめてください……」
ハズキと連れの男が、いかにもヤクザの男に絡まれていた!
「姉ちゃんよォ。ヤクザモン相手に美人局 (ツツモタセ) のマネゴトたぁ、最近のセーガクさんは、やることがずいぶんダイタンじゃねえか」
見ると、高宮八幡宮でおれのクリハラメモに火を点けようとした元クラスメイトが、ボコられている。
「う゛う゛う゛……ずびばぜん゛……し、知らんかったとです……カンニンしてくだざい゛い゛」
状況はわからないが、どうも相手がヤクザと知らずに、ハズキと元クラスメイトが、なにかしでかしたようだ。
しかもそのヤクザは……目が赤い……。悪意だっ!
ヤクザはハズキのセーラ服を無理やり脱がした。白いブラジャーに包まれた大きな胸がブリンと露わになった。
ヤクザ「ヒャハハハ! セーガクにしちゃ、オッパイはオトナだなア」
ハズキ「…………ううう…………や、やめて…………」
「………………………………」
コミネさんがもの問いたげな顔でおれを見ていた。
その目は、「クリハラよ……おまえに非道な真似をしたふたりを、それでも助けるか?」と問うていた。
おれは強くうなずき、すぐに走り出た!
「そこまでですねえ!」
「ああーん?」
「え? クリリン!?」
「ぐ、ぐり゛り゛ん゛……?」
「ムホホホ。悪意め! それ以上の非道は、この天才が許しませんねえ!」
「アア!? このオレが極世会のモウリとわかってケンカ売ってんのかっ!? オオッ!」
モウリと名乗ったヤクザは、半裸のハズキを放し、威圧するようににらんできた。
「それがどうした! ならこっちは、福岡ファイターの天才アリバ戦士クリハラだ! 悪意め。このおれが成敗してやる!」
「よしっ! いい口上だ、クリハラ! 我らが正義、いまが魅せるときっ!」
相手が悪意なら、ヤクザだろうが、ぜんぜん怖くない!
それに、タダの敵として見るなら、基礎体力の低いヤクザなんて、ぜんぜん相手にもならなかった。
「ぎひいいいいいぃぃぃぃ! な、な、な、なんだよおまえ、バケモンかああああっっっ」
ボコボコに殴られたモウリは、最初の威勢もどこへやら、きびすを返して路地裏へと逃げ去った。
モウリ「お、覚えてやがれえええ!! いつかハジいてやるからなっ!」
そんな捨て台詞を残して……。
「ムホホ。手応えがなさすぎますねえ。10番勝負前のトレーニングにもなりませんよ、コミネさん」
「フフフ。クリハラよ。おまえは、自分が思っている以上に実力がついているということだろう……」
話すおれとコミネさんの前に、おずおずとハズキが近づいてくる。
あ。すっかり忘れてた……。
「……な、なんだよ……クリリン……あんた本当は強いんじゃないか……」
「……え?」
ボコられた元クラスメイトの男も、ポカンとした顔でこっちを見ていた。
ハズキは大きな胸を両腕でぎゅっと隠し、上目遣いに、絞り出すような声で言った。
「…………なんで、そんなに強いのに、私らにやり返さないんだよ……」
「…………そ、それは…………」
「フフフ。女子よ。クリハラは正義の使徒、福岡ファイター……。我らアリバの拳は、弱いものに向けるためのものではないのだ……」
コミネさんがタバコに火を点けながら静かに割って入る。
「だからなんだよこのオッサン……なんか怖いよっ。わけわかんねーよっ!」
ハズキはそう言って、タタッと駆けていった。
コミネさんは、少し傷ついたようだった……。
コミネ「………………………………」
クリハラ「………………………………」
「……帰るか、クリハラ」
「……帰りましょう、コミネさん」
おれたちは裏路地に背を向けた。
「いよいよクリハラ10番勝負だな。覚悟はいいな?」
「ええ……おれ……当たって砕けてみます!」
そして、ついにクリハラ10番勝負のときが来たっ!