11-8 クリハラ10番勝負!8
「く、クリハラアアアアアァァァァァーーーーーーーーー!!!」
コミネさんが絶叫する。
心臓のあたりに灼けた鉄の棒をねじ込まれたみたいだ……。
致命傷だ、と自分でもわかった。
凄惨にいじめられた中学時代、おれは何度も何度も死にたいと思った。だけど、実際にその瞬間が訪れたとき、おれは心の底から思った……。
死にたく……ない。
「……おねがいっ……間に合って……!」
必死な形相のナミさんが、おれの傷口に手のひらをかざしている。
ぼんやりとだが、意識はまだかろうじてあった。
コミネさんが……激怒していた。
「……貴様アアアアアアァァァァ!!!!」
「ヒッ! て、テメェもハジいてやらあああアアア!!」
パンッ。
乾いた音が響く。おれの暗くなった視界にも、モウリとかいうヤクザの撃った弾丸が、コミネさんに命中するのが見えた。だが……
「………………………………」
コミネさんはまったく意に介さない。
「ヒッ! な、なっ、たっ、タマ当たってんのに、なんで効かネーんだよおおおォォ」
パンパンッ!
「………………………………」
パン! パン!
「………………………………」
緑の焔のような怒気をたぎらせたコミネさんは、弾が命中しているはずなのに、その歩みを止めない。
「ひ、ひいいいいい! なんだよなんだよテメェほんとに人間かよおお!」
パン! パンッ! カチッカチカチカチカチカチカチッ……。
モウリは弾が切れた銃の引き金を狂ったように引き続ける。
「貴様こそ……貴様こそ、本当に人間か? 言ってみろ……キサマの血は何色だああああああぁぁぁぁーーーーーー!」
「ひいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ」
怒号とともに全身の筋肉が隆起し、上半身の服がビリビリに破れた。怒りは、深緑の蛇のようにコミネさんの全身に絡みつき、踊っていた。
ズムンッッッ!
巨大な拳が半分くらいモウリの顔にめり込んだ。
「……貴様のようなヤツが居るから! 貴様のように、平気でひとを傷つける愚か者が居るから、オレたち弱いものが、陰で涙せねばならんのだッ!」
「ひでぶぶぶぶぶぅぅ!」
「殺してやるッ! 殺してやるぞッ!」
緑の風が、筋肉の塊のような腕に渦巻いていた。
コミネさんは怒りに燃えた、けれども深い悲しみに満ちた顔で、モウリを殴り続ける。
「貴様のようなヤツはこの世に居ないほうがいいのだッ。オレが! オレが存在を抹消してやるッ!」
「あべべべっっっ!!!」
コミネさんは号泣していた。モウリはカクンカクンと首の部分が壊れた人形のように力なく、ただ殴られ続けていた……。
「こ、コミネ! 落ち着けえ! 本当に殺してしまうぞお!」
「コミネー。こんなヤツの命はどうでもいいけど、お前が殺人犯になっちゃうよー!」
「離せええーーー! ヤノ! カスガ! あのときオレがコイツを見逃さねば、クリハラは死なずに済んだのだッ! オレの半端な正義が、クリハラを死なせたのだーーーーー!!!」
コミネさん……やめてください……そんなことはありません……コミネさんの正義はなにも間違ってはいません……。
そう言いたかったのに、声が出ない……。
コミネさんが、ふたりを荒々しく振り払った。
大きなふたつの身体が地面に転がった。その瞬間……
ドガッ!
コミネさんの顔を、ハヤトさんが殴っていた。
「……落ち着けよコミネ。こんなヤツ殺したら、おまえの正義が汚れちまうぜ? それに、クリハラは大丈夫だ」
「……は、ハヤト……」
呆けたように、コミネさんは両腕を下ろした。両の拳から、ポタリポタリと紅い雫が垂れた。
ふわりといい匂いがして、今まで味わったことのないような柔らかさを感じた。ナミさんがおれの身体を優しく抱きしめてくれていた。
「クリハラくんはもう大丈夫。真のアリバに目覚めていたことと、ボクのヒーリングが間に合ったことで、命に別状はなかったみたい」
「よ、よかった……」
コミネさんを覆っていた猛々しいグリーンのオーラがフッと消えた。
ナミさんの言う通り……青白く発光する優しい手のひらで触られているうちに、胸をえぐるような傷の痛みは消えていた。
むしろ今は……股間が一番痛い……は、はち切れそうだっ。
これが、リアル美少女の生の肉体の感触なのか!? え、エロゲーとはちがうっ……違いすぎる……!
状況についていけてなかった他の仲間たちも、慌てて駆け寄ってきた。
「お、おい! クリハラ! 大丈夫かよっ」
いい匂いを残して、ナミさんがぷいっと離れた。
おれは前かがみの姿勢でコクコクうなずいた。
「く、クリハラ……そのへっぴり腰……き、傷は深いのでゴザルか……?」
「45口径の実弾を心臓部に受けて無事とは、つくづくアリバというものは凄いものだな」
「10番勝負でクリハラが真のアリバに目覚めたおかげというなら、我らの協力もムダではなかったわけですな」
「それにしても、コミネさんの怒り、凄まじかったですね……」
「……ったくよ。長い付き合いだが、キレたコミネなんざ初めて見たぜ?」
「……フフ。正義にはときとしてああいうこともあるのだ……」
上半身ハダカのコミネさんが、ポッと赤面する。
ハヤト「そういやコミネ。おまえも撃たれてなかったっけ?」
見ると、コミネさんのムキムキの上半身に、いくつかの浅い弾痕がついていた。血が垂れている。
ひとつ……ふたつ、みっつよっつ……合計七つの傷跡。
「ぜ、全弾しっかり命中してんじゃねえかっ……って、なにおまえ嬉しそうに、胸の傷見てニヤニヤしてんだっ! はやくナミにヒーリングしてもらえっ」
ハヤトさんが突っ込む。
……結局、ナミさんによると、コミネさんもこのとき真のアリバに目覚めていたらしく、それで七発も撃たれて平気だったのだ。
おまけに、最後の超弩級の怒り……あれはコミネさんの新しく目覚めたレベル3必殺技。『怒髪天』という、凄まじい技だった……。
いつのまにかモウリは消えていた。
おれはクリハラ10番勝負をやり抜き、長い一日が終わった。
この日、おれはかけがえのないものをいくつも手に入れた。
もちろん、おれだけの新必殺技『コンビネーションアーツ』もそうだし、ナミさんの言う『真のアリバ』もそうだ。
だけど……
おれはもっともっと大事なものを手に入れたのだ。
それは……。
◆
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……そして舞台は切り替わる。
そこはハヤトたちが教団と呼ぶ場所……
『銀河教』の最深部。
限られた人間しか入れない秘密の施設。
モニターが忙しく点滅し、太いパイプが繋がった等身大のガラスの容器には、青白い液体が満たされている。
その液体に浸る裸のホクトが、うっすらと目を開いた。
長い銀髪がユラユラゆらめく。アシラギの合図で、ガラス容器の中の液体は排出された。美しい濡れた裸体が現れる。
「……最後の調整は無事に完了だ。おめでとうホクト。これで君は三つの属性が扱える最強の悪意となった。ブレイクスリーも撃てるわけだ」
『…………かりそめの三属性、偽りの最強、だろう』
アシラギの言葉に、ガラス容器の中のホクトは冷たく返す。
アシラギ「まあね。君はまあ、彼が目覚めるための当て馬だからねえ。そういえば、その彼となんだか楽しそうに遊んでたみたいじゃない。なにしてたの?」
アシラギは軽薄な口調で語りかける。
ホクト「…………お前の知ったことではない。俺は道化。定められた役割以外に干渉は受けない」
「あーいいよいいよ。ちゃんと調べてるから。全回避の集中……キャラバンモード! だってえ……かっこいいねえ。けど、そんな児戯の特訓のためにわざわざ出向いてあげるなんて、君もお人好しだねえ」
「………………………………」
アシラギ「そんな君と彼が、これから命を賭けて本気で潰しあうんだもん。皮肉な話だよ。君たちにも、奇妙な友情めいたものが出来つつあるかもしれないのに」
ホクト「………………………………」
「さあ。いよいよだ。まったくここまで長かった。君とハヤト君、どちらが道具として優れているか、検品のときだ。
本命は彼だけど、君も頑張り次第では、世界を救う役目を担えるかもしれないよ? そうすれば、ナミ君も死ななくて済むし、模造品が世界を救う! なんて展開もなかなか面白い」
「……本心ではあるまい?」
アシラギ「あ。わかっちゃう? 君もナミ君も、しょせん中盤までの駒だからね。そろそろ退場も近い。今までごくろうさまでした」
ホクト「………………………………」
アシラギ「そして、ハヤト君の楽しいヒーローごっこもそろそろ終わりだ。……ホクト。まずはブレイクスリーで『能古島』をふっ飛ばせ」
「…………わかった。島の住人の避難は……?」
「もちろん手配済みだよ。やがてくる最終決戦のとき、福岡市民はみんな貴重な戦力だからね。ひとりとして無駄にはしない。
……さっ。ようやく『決戦福岡市』だ。残るのはハヤトかホクトか? どちらのブレイクスリーが優っているのか?
自分のせいで仲間をすべて死なせたハヤト君が、どれほどの絶望を味わい、狂うのか……これは見逃せないねえ!」
「アシラギ……お前は、悪魔だ」
射すくめるようなホクトの視線を楽しげに受け流しながら、アシラギは笑う。
「アッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ……なんにしろ、君たちの尊い犠牲により、ぼくは人類を救う」