10-6 異形
YANO
『お、俺がやるのかよお……』
「そんな話、勝手に……!」
「開始前に確認したはずだ。プレイアブルキャラクターは福岡ファイターと。ヤノもれっきとした福岡ファイター。参加資格がないとは言わせん。
そして、私は参謀として好きにしていいと言われた。だから、操作をやらせてもらう……ルールにはまったく抵触していないと思うが?」
「そんなのズルい! 卑怯ものっ!」
「いいことを教えてやろう。ズルい卑怯は敗者のタワゴトだ」
サユリ「くううううううう! ハラ立つ!!」
なんだかよくわからんが、ササハラはサユリを完璧に言い負かしたようだった。
俺はヘッドギアをかぶり、武闘場へ進む。
「まあいいわ……いまさらヤノくんひとりがどうだって言うの!? それとも、ヤノくん相手なら、ワタシが手加減するとでも?」
「……しないだろうな。だがそれはこちらも同じこと。私が操作するヤノは、優しくないぞ」
ササハラの糸目がギラリと光る……。この雰囲気……この顔……格ゲーのとき何度も見た……本気のササハラ。
こんな顔をしたときのササハラは、手がつけられなかったものだぞお……。
ROUND FIGHT!
流されるまま、武闘場で敵と相対。
悪意との戦いは慣れているが、こうして舞台で敵と向き合うと、正直、怖い……。
だが、ガチガチに緊張しているはずの俺の身体が、いきなり軽やかに動いた!
ぐん、と敵に背を向けるくらい、身体がねじ曲げられる。
みちり、と拳が握られた。
ぐぐぐぐ、と全身の筋肉がはち切れんばかりに膨張する。
腕が、一升瓶のように肥大化していた。
フッとそれが一瞬軽くなった。俺の身体は、巨大なバネ仕掛けのように回転し、発射された大砲のごとく拳が撃ち出された!
ドッコオオオオオオオオンンンン!!!
武闘場に氷雪の嵐が巻き上がる。
それが晴れると、悪意ライフセーバーは、武闘場に頭からめり込んでプスプス煙を出していた。
YANO Win!
『わ、ワンパンKO……? なにがどうなってんだよお』
「な、な、な、な、な、な……」
サユリが口をパクパク。
サユリ「なんじゃコリャーーーーーーー」
こ、これは……俺のレベル3必殺技【魔神のハンマー】!
ナミによると、当たれば痛烈な大打撃を与えるが、命中率が悪く、使いこなすのは至難という大技……。
事実、ふだんの悪意との戦いでは、うまく当てられず、空振りばかりだった……。
ササハラが使いこなすと、こんなに強力なのかよお……!
「まずはひとつ」
「………………………………」
サユリがギリッと歯噛みする。
「どうした? ヤノの本気に驚いたか? だいたいお前はヤノのカノジョだったのだろう。最大の理解者であるべきなのに、過小評価しすぎだ」
「だまれだまれだまれ!」
サユリが次の悪意ファイターを出す。日焼けした氷属性のサーファーだ。
ROUND開始そうそう、サーファーはうつ伏せの姿勢で、冷気の波に乗りながら、突っ込んできた。
ササハラはガード。この速攻……嫌な予感が頭をよぎる!
「ヤノくん相手には使いたくなかったけどね……!」
まさかまた投げハメっ……!?
思った通り、敵サーファーは俺の身体をガシッとつかみ、倒そうとしてきた。
「甘い」
ササハラの目がキラーンと光る。
俺の身体が勝手に動き、サーファーの顔面を引っつかむと、ワシづかみしたまま、ブンブン振り回し、おもむろに投げ捨てた!
「ウソ! 投げ返し!?」
「当然だ。ヤノの握力は推定300キロ以上。そんな筋力の持ち主に投げなんて効くか」
「く、くっ! もう一度!」
再びサーファーが突っ込んでくる! ガード! サユリはまたも投げハメを仕掛けてくる!
だが、結果は同じだった。
俺は、自分からむしり取るようにサーファーを引っつかみ、軽々と振りまわした挙げ句、空き缶でも捨てるように放り投げた。
サーファーは人間魚雷のように飛んでいき、キランと星になった……。
YANO Win!
『お、おいおい……あのサーファー大丈夫なのかよお……』
「こ、こ、こ、こ、こ、こ……」
「これでふたつ」
サユリ「こんなことってええええええ!!」
「これが本気のヤノだ。人間離れした腕力を持つ反面、ヤノには常に相手を気遣う優しさがあった。それが足かせとなり、真価を発揮できずにいたのだ。優しくない私が使えば、ご覧の通り」
「ぐぎぎぎぎぎぎ」
ササハラ「これが我らの奥の手だ」
サユリ「ま、まさか……電波使いはブラフ!?」
ササハラがニヤリと笑う。
「今さら気づいても遅い。こっちは最初からヤノが切り札だった。ヤノを止めるには、有利な風属性を強引にぶつけるしかないが、もう風のカードは残っていまい。その瞬間、詰みだったのだ。
もっと言うなら、最初に風のヤギハラをこちらが出したとき、このゲームの筋道はほぼ決した」
「………………………………」
ササハラ「お前が勝ちに走り、こっちに有利な属性をぶつけてくることは読めていた。つまり、どう攻め、どう動いてくるか予想できたということだ。ならば、戦略を練るのは容易い」
サユリ「………………………………」
「……これがハヤトなら」
ササハラは皮肉げな笑みを口元に浮かべた。
ササハラ「勝ちに走ったりなどせず、どうすれば楽しいか、対戦が盛り上がるかで、ファイターを選んでくるだろう。
そんな相手は読めない。だからこそ、面白い! ハッキリ言わせてもらおう。お前とのゲームはつまらん。退屈だ。ハヤトとの対戦のような、ワクワクがない」
サユリは、鼻で笑った。
「……ご高説どーも」
長い、長い、溜息。
「ハイハイ。じゃあ次の試合。さっさと終わらせよ」
投げやりな様子でサユリは手をヒラヒラ。
「どうした? 最後まであきらめず、全力であがかんのか?」
サユリ「……こっちの最後のファイターは、ヤノくんに不利な炎属性……どーせ、なにやってもムダでしょ」
最後に出してきたサユリの悪意は、言った通りの炎属性……。
「…………つまらん」
ササハラは、魔神のハンマーで、あっという間に倒してしまった。
色々あったが、とにかくこれで俺たちの勝ちなのかよお?
「しまらん最後だったが、福岡ファイターの勝ちだな」
「ハヤトの解毒剤は!?」
「渡してもらおう」
「ワタシに勝てたら、と言ったはずだけど?」
サユリの紅の目がギラリと輝いた。
パラパラッパッパッパー
軽妙な効果音がとつぜん響いた!
Here Comes a New Challenger!!
「切り札を残しておいたのは、なにもアナタたちだけじゃない!」
そしていきなり現れたのは、まさに異形としか言いようのない、異様な風体の男だった……。
こ、これは……乱入!? しかも、この相手……人間……なのか……?
「……まさか……そう来るとは……」
「ヤノくんの参加でそっちは10人。なら、こっちにも一人追加しないと数が合わないでしょ。
てことで、格闘ゲームのトリにふさわしいキャラを出させてもらう!」
???
『………………………………』
「すまんヤノ……負けるかもしれん」
ササハラが固い表情で俺にささやいた。いつも自信に満ちているササハラが、戦う前にこんなことを言うなんて……。
そしてROUNDが開始された……。
異形の男は、静かに腰を落とし、構える。
俺はハヤトみたいに格闘経験はないが、その構えだけで、相手が本物中の本物の格闘家であるとわかった……。
予想に違わず、今までのどんな相手とも違っていた。
それはササハラの戦い方にも現れていた。
一発狙いの大技は出さず、小刻みに、出の早い通常技で牽制する。
それは我ながら、お手本のような『ヤノの使い方』……。
これまでの俺は、ただ腕力にモノを言わせ、ブンブン振りまわすだけだった。
だが、人並み以上の腕力を持つ俺は、そんな力んだ攻撃をしなくても、相手に致命打を与えられる。
むしろ、力より、技や正確さに重点を置く戦いをするべきだったのだ。ササハラの操作は、俺にそれを思い知らせてくれるものだった。
だが……
俺のパンチを、異形の男の鋼のような拳が撃ち落とす。
神速の抜き手が俺の頬をかすめた。
フンガッと相手の肩をつかみ、投げようとする。
『ぬん……ッ』相手の気合と共に、腕は外された。
その一瞬の隙を狙って、完璧とも言えるタイミングで、ササハラは魔神のハンマー!
しかし、異形の戦士は、それをアッサリとかわし、腰を落とし充分に引きつけたアッパーカットで、カウンターを狙ってきた!
ブオオオォォッ!
「………………………………」
だがササハラもすごい。俺だったら確実に食らっていたその必殺のアッパーをなんとかガードした。
防いだとはいえ、腕がそのままモギとられるんじゃないかというほどの破壊力……!
「…………さっきまでの威勢はどうしたのかな!」
「………………………………」
ふだんなら負けじと言い返すササハラも押し黙っている。
この敵は、なんなんだ……次元が違いすぎる……。コイツも悪意なのか?
……だとしたら、俺たちと『敵』との戦力差は、どれだけ……。
ササハラの善戦も虚しく、もはや勝負は決する寸前。
「さあてトドメ。やあっとフィナーレだね!」
サユリが決めに来る……!
だが…………敵の異形はとつぜん動きを止めた。
武闘場に立ったまま、電池が切れたかのように動かない……?
『……フワッハッハッハッ! 面白い戦いでした。ですが、今日はここまでにしましょう』
とつぜん異形が口を開いた……!? しかもその口調は、見た目のおそろしさに反し、紳士的とも言える丁寧なもの。
「なに!? 動かない!? なんで! なんで操作がきかないの!?」
サユリが筐体をバンバン叩きながら、金切り声を上げる。
「サユリさま」
異形がくるりと振り返る。
??「私が信徒に対してできる助力はここまでです」
サユリ「!?」
「どういうことだ? お前は教団の命令でここに来たのではないのか」
「私は、個人的な意思で今日この場に立ち会いました。福岡ファイターをぜひこの目で見てみたく……特にヤノさま、あなたを」
「お、俺……?」
??「今の戦いの呼吸をお忘れなく。あなたはもっと強くなります。あなたが、あなたの持つチカラすべてを使いこなせるようになったとき、今日の続きをいたしましょう」
ヤノ「なんで俺にこだわるんだよお……!? ……お、俺は……ちっとも強くなんて……ないぞお!」
思わず本音をこぼした。
「あなたはお強い。その出し方に気づいていないだけです。……強さを引き出すコツは、『おのれの持ち味を活かすこと』……あなたが強いと感じるひとをご覧なさい。その意味がわかるはず」
「……おまえはいったい何者なんだよお……」
「私の名は【異鬼院】……三法王がひとり。…………ナミさま」
『いきいん』と名乗った男は、ナミのところに静かに歩いた。
「………………………………」
ナミは、荒い呼吸のハヤトを守るように、ギュッと抱きしめる。
「ハヤトさまの毒は致死性ではありません。あと1~2時間もすれば快方するでしょう。しかし、今すぐ苦痛を和らげたければ、この解毒剤を」
異鬼院が差し出した小瓶をナミは乱暴に引ったくる。
異鬼院「今回の件は、信徒であるサユリさまだけが引き起こしたこと。教団やアシラギさまは関与しておりません」
「………………………………」
「ですが、時は動き出しています。決戦の日はもう間もない。ナミさまもゆめゆめ準備を怠らぬよう」
異鬼院は、誰に対してかわからない馬鹿丁寧な礼をすると、ものすごい跳躍力で、動物園の森の向こうに飛び去っていった……。
「…………くっ…………うう」
「ハヤト!」
異鬼院の解毒剤で、ハヤトは意識を取り戻したようだった。
ハヤト「…………ぐっ……なんだ……? 俺は……サユリのヤツに……?」
サユリ? その一言で、あわてて俺はサユリを見やった。
「…………フザけてる…………ほんっとフザけてる…………どいつもこいつも……ワタシを裏切ってばかり……ワタシを傷つけてばかり!
……この世界は、どうして、こうも、敵ばかりなの……? 敵……てき……テキ敵敵敵敵敵!」
ゾッとする口調でサユリはブツブツつぶやいていた。
そんなサユリが突然ダッと走った。その先には、ピンク色のボウケース。
サユリは、愛用のリカーブボウを取り出す。素早く矢を装填する!
「こうなったら……ソイツだけでも!!」
サユリは弓をハヤトに向けた……!
無意識だった。
俺の左腕に冷気が集った。それは、弓の形状をかたち作った。
洗練された流れるような動作でサユリが弓を放つ。
凄まじい速さと正確さで、矢はハヤトの胸目がけて飛来する。
俺もまた、冷気で作ったボウを引き絞り放っていた。
サユリの放った矢目がけて。
ナミの顔が凍りつく。ハヤトは気づいていない。ササハラが何かを叫んでいた。サユリは泣いていた。
俺の放ったアリバの矢が、サユリの矢を撃ち落としていた。