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【ダークファンタジー小説】ウィルトンズサーガ『古王国の遺産〜受け継がれるレガシー』 第19話

マガジンにまとめてあります。


 カルディスの動きは明らかに鈍っていた。アントニーが放った杭は、心臓部を外しても効いてはいたのだ。
 
 この機を逃しはしない。

 カルディスの心臓部を槍が貫く。
  
 それで最後だった。

 カルディスの身体が崩れ落ちる。細かい砂のように崩れ去る。風に流れて消えていく。後には何も残らない。

「終わったか」

 カルディスの滅び。それを確認すると、ウィルトンは、アントニーと三人の荒事師が立つ場所を見た。

 アントニーもまたウィルトンを見て微笑むと、アラニスのかたわらに屈(かが)んで生死を確かめた。

「どうなっている?」

 ウィルトンはそちらの方へ走る。

 先ほどまであった不死者たちの残骸はなく、だた草が風になびいていた。風に流れ去ったのだ。

「まだ息はあります」

 アントニーは盟友に答える。

「まだ?」

「一応薬は持ってきていますが、これだけでは長くは保(も)ちません」

 アントニーの手には青い硝子(ガラス)瓶がある。蓋(ふた)も硝子製で、中には白い粒が入っていた。

 ガラスか。高級品だな。古王国時代ならなおさら。ウィルトンはそう思うが、今はそれについて尋ねている場合ではない。

「この薬は?」

「三晩の休養と睡眠、六回のきちんとした食事に相当する英気を与えます」

「それは凄いな」

「連用は効きませんから、完全に眠りと食べ物の代わりになるわけではありませんが」

 アントニーは一粒をアラニスの口に入れた。

「これで口の中で溶けるのを待ちます」

「長(おさ)、しっかりしてください!」

 ミラージがたまりかねたように叫ぶ。べナリスは黙って立っている。

「残念ですが、これで目を覚まさなければ諦(あきら)めてください」

「何とかならないのですか?」

 と、ミラージ。

「これ以上は何も出来ません、私には」

 冷たい言い方かも知れない。アントニーは、こう言うしかないのだと思っている。
 
 ウィルトンの方は、やはり黙って見守るしか出来ないでいる。

 今宵のルビーと銀の月は細い。針のように細い月が天高くにあり、微細な光を地上に投げかけていた。

 月明かりだけでは何も見えない。アントニーとミラージが魔術で灯した光球で、あたりは光に包まれている。

 静かだった。風が木々の葉を鳴らし地面の草揺らす音しかしない。その音は静けさを乱すのではなく、ますます引き立てていた。

 と、その時だ。アラニスがうめき声を上げた。身じろぎして、薄目を開ける。

「長!」

 ミラージがひざまずく。

「ああ……よかった。私は……皆も無事で」

「アントニー殿のお陰です。ありがとうございます!」

 ミラージは深々と頭を下げた。

「いえいえ。上手く敵を見つけられたのは、あなたの提案のお陰でもありますからね」

「いえ、私は大した事は出来ていませんよ」

「やれやれ、よかったな。とりあえず命は助かったわけだ。後はどうすればいいんだ?」

「宿の寝台で三日くらいは休んでいてください。もちろん、きちんとした食事も必要です」

「それなら大丈夫です。集落へ戻って泊まります。宿代は前金で支払ってあります。アントニー殿、それにウィルトン殿、本当にありがとうございました」

「終わったか。さあ、集落へ戻ろう」

「今は戻ります。ただ、明日になったらまたここへ来てもかまわないですか?」

「何故だ、アントニー」

「墓地を見たいのです」

「……よし、分かった。俺も一緒に行く」

「ありがとう、付いてきてください。私は、かつての敵を再び見送ろうと思います」

 ウィルトンはアントニーに背を向ける。何も言わず先に歩き出す。

「敵だとは思っていない風に聞こえるな」

「敵でしたよ。残念ながらね」

「そうか」

「はい」

 それ以上は聞かなかった。

 ウィルトンは振り返らず歩く。少し後ろから二人の男が続く。アラニスはその二人の男に両脇を支えられながら、ふらつく足取りで歩いている。

 二つの月は細く冴え冴えと輝いている。月の光が弱まっているために、星明りは満天に散らばり、降るような光を注ぐ。

 しばらく無言のまま歩いた。

 林の中を抜けて集落の宿屋が見えてきた。

「よし、着いたぞ。お前たちの宿は何処だ?」

「我々は街道の向こう側にいます。ここでお別れですね」

「ああ、じゃあ元気でな」

「はい、お二人も」

「私たちは領主の許に行きます。あなた方が同じ領主から依頼を受けたのなら、また会うこともあるかも知れませんね」

「はい。またお会いできる時を楽しみにしております」

 ミラージはそう言って、頭を下げた。アラニスを支えているため、深い礼は出来ない。べナリスも同じように、軽く頭だけを下げた。

「よし、俺たちの宿に入ろう。俺は勝手に湯を沸かして湯浴びをするからな」

「どうぞごゆっくり」

 アントニーはそっと微笑んだ。

 古王国時代から貴族のたしなみは、香料を含ませた水で濡らした布で身体を拭き、最後にその水で頭髪を洗うことだ。今夜もそうするつもりだった。

続く

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片桐 秋
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