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緊急入院 | 退院から11日目(手術日+18日目)
前兆は退院した翌々日、ごく薄い茶褐色の織物の跡がついていたこと。術後2日目以降は下からの出血は止まっていたのだけど、念のために織物シートをしていたので気がつけた。その翌日には、織物の色が薄黄色に変わり、さらに次の日には、織物シートではキャッチ仕切れないほど大量の薄黄色の織物がジャーっと流出。慌てて吸水ショーツ+夜用ナプキン体制を整えて対応。入院中、織物は術後もあると思うと言われていて、血液が混じる場合には連絡するようにとのことだったので、薄黄色だし心配ないと判断。大量の織物は、その後2日間続いたが、そこでピタッと止まった。
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織物がピタッと止まった日は、ちょうど遅めの夏休み旅行に出発する日で、収まってくれてよかったと安心して出掛けた。心配していた3時間のフライトは、医師のアドバイス通り、定期的に足首や脹脛をストレッチしながら過ごして、異常を感じることはなく、3泊4日をのんびりと滞在先で安静に過ごし、帰宅の途についた。帰りのフライトも同様にストレッチをしながら過ごし、途中、お手洗いに立った時に、なんとなく右下腹に違和感を感じた。お腹が攣った時のような引っ張られた感覚だった。
夜、寝支度を済ませた頃、右下腹の攣ったような違和感が痛みに変わってきたが、我慢できるレベルの痛みだったので、処方されていたロキソニンを飲んでそのまま眠ることにした。
夜中、痛みで2度起きたが、じっと耐えているうちに気絶するようにまた眠りに落ちた。
朝6時前、痛みでじっとしていられない状態になり起床。ロキソニンが飲みたくて、その前に何か胃に入れようと、ヨーグルトを食べた。リビングのソファで横になり、薬が効いてくるのを待つも、右下腹の痛みはより強くなり、鳩尾あたりも痛みはじめてきた。いよいよ我慢できないレベルに痛みが強くなってきて、寝室で寝ている夫の名前を叫んで助けを求めた。
夫が病院の緊急連絡先に電話してくれて、状況を説明。まもなく外来がはじまるので、病院に来るように言われる。部屋着のまま到着したUberに乗り込んで病院へ。よく気がついてくれる運転手さんで、病院に着くと夫に車椅子を取りに行くよう促し、その間のケアをしてくれていた。痛みで脂汗が止まらない。車椅子にじっと座っていることも辛い状態で、痛みは増すばかりだった。夫が外来窓口と交渉をしてくれて処置室のベッドに横になることができたが、医師がまだ外来にでてくる時間ではなかったので、すぐには診察を受けることも処置を受けることもできなかった。どのくらいの時間が経ったかはわからないが、ようやく痛み止めの点滴を入れてもらうとすぐに痛みは鎮静化した。その間に採血と造影CT検査。検査室を後にする頃に痛みが再発しはじめた。外来処置室のベッドに戻りうずくまる。看護師さんが痛みのある箇所に当てるようにとホットタオルを用意してくれた。外来の当番医師から、自宅に帰って様子をみるか、心配なら入院するかと聞かれた。その日は土曜日で、翌日曜にまた激痛に襲われたら救急車を呼ぶしかないと思うと不安になり、入院すると返答。
ベッドの確保ができた段階で病棟へ移動した。
(ベッド確保までかなりゴタゴタしたらしく、夫はその様子や病院内の会話で心を痛めていたらしいが、、その間、わたしは気絶するようにまた眠っていた)
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再発した痛みはさらに増していて、追加の痛み止めをお願いしたが、同じ薬は時間を置かなければ落とせないので別の薬を手配していると我慢を強いられる。病室に到着。車椅子からベッドにやっとの思いで移動したが、横になって落ち着く間もなく、診察に呼ばれてまた車椅子に乗り換え、内診室へ移動。激痛に耐えながら内視鏡検査。内側の縫合箇所あたりに白っぽい膿が見えるので除去することになり、痛みを伴う処置がなされ、涙が一筋、太めの一筋の涙が流れでた。
処置後、内診室で医師との面談。膣内に溜まっていた水分と膿は見える範囲で取り除き、生検に回して検査予定であること。CTと血液検査の結果を待っている状況なので、これから詳しく診断していくことになる。別の痛み止めの手配ができたので間もなく薬が到着すると聞かされてから、ベッドへ帰還。
午前中に外来で点滴してもらった痛み止め(カロナール)と併用可能なロキソニンが処方されていた。ロキソニンと一緒に抗生剤の投与もはじまった。
14時過ぎには、薬による痛みのコントロールが効くようになり楽にはなったが、痛みは続き、その後も、カロナール→ロキソニン→カロナール→ロキソニンと交互に点滴投与していった。
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夕方、医師から「入院診療計画書」を手渡された。
病名欄には「腸炎疑い」と書かれていた。