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VAMP 第一話
あらすじ
20XX年、東京。
数十年前に突如確認された、特殊な力を持った正体不明の『不死者』によって、日本国内は混乱を極める。
経済活動は停滞し、警察による治安維持体制は崩壊。
人々は混沌の中で頼りにならない政府ではなく、民間企業や財閥、新興宗教等を拠り所として生活していた。
事態を重く見た日本政府は『不死者』の呼称を東欧伝承の怪物”吸血鬼”と定め、『吸血鬼特別対策室(Vampire Special Countermeasure Office)』——通称、VSCOを創設。
”吸血鬼”に対抗する為の戦力、”血戒者”を生み出すのだった。
主要登場人物
御影カフカ(21) 181cm 70kg
黒髪、癖毛のミディアムヘア。深紅色の瞳、三白眼。シルバーのピアス(左耳)&リング(右手中指)。喫煙者。
吸血鬼と人間の間に生まれた、天然の血戒者。
自称フリーターだが、街のチンピラや半グレを締め、彼らから金品や食料を奪って生活している。
ある日、VSCOの長官・篝と出会ったことで彼の人生は変わっていく。
HAL(??) 157cm 44kg
真っ白なロングヘア。桜色の瞳、丸っこい目。鋭い八重歯。
15~16歳くらいの少女の見た目をした謎の”吸血鬼”。
篝長官の娘・ハルと非常によく似た容姿をしており、何やら”吸血鬼”達を率いて『とある目的』の為に動いているようだが……?
篝ユウキ(50) 185cm 92kg
白髪混じりの黒髪、短髪(刈り上げ、オールバック)。琥珀色の瞳、切れ長の目。筋骨隆々の肉体。元喫煙者。
『吸血鬼特別対策室/VSCO』の長官(司令)、元陸上自衛隊・1等陸佐。
極度の仕事人間で、私生活は謎に包まれている。ハルという名前の娘がいるが、長いこと病気によって寝たきり状態の入院が続いているらしい。
ほぼVSCO本部の仮眠室で寝泊まりしており、部下からは実質ホームレスと散々な事を言われている。
渦雲トウシロウ(27) 183cm 80kg
深紫色のマッシュヘア。赤紫色、波紋状の瞳。
人工血戒者四号。民間軍事企業・CLOUDのCEO渦雲イチヤの四男。
口元まで覆われたレザーコートを着た、怪しい雰囲気の男。
北谷ナナキ(24) 177cm 71kg
金髪。赤黒い瞳、糸目。
人工血戒者五号。京都の名門・北谷家の次男。
気色悪い関西弁(大阪、京都、標準のミックス)を話す、胡散臭い男。
用語
吸血鬼(ヴァンパイア):ある日突然、その存在が確認された『不死者』。自身の血液を操り、鉄筋コンの建造物や車両、人体を容易に破壊する。未だ謎は多い為、政府は研究を推し進めている。
血戒者(ロザリア):”吸血鬼”に対抗する為、VSCOが生み出した兵士。後天的に”吸血鬼”の能力を移植され、薬や透析などによって暴走をコントロールしている。
負荷血(Load Blood/LB):”吸血鬼”を”吸血鬼”足らしめている、特別な血液。負荷因子という脳からの電気信号を受容する因子細胞が含まれている、らしい。でもあのジジイが言う事はいっつもデタラメばっかだからなぁ……。
第一話:喧騒
昔、母親が読んでいたクソみたいな本に書いてあった。
『理性』こそが人に与えられた力なんだ、って。
『欲望』という悪魔に抗うために、神が与えてくれた力。
そんなワケねぇだろ。
オレは今、『理性』で感じてる。
こいつをぶっ飛ばしたら、最高に気持ちイイってこと。
◇
今からおよそ四十年くらい前、それは世界で初めて、日本の首都・東京で確認された。
”吸血鬼”。
現在、世間一般でそう呼ばれている怪物は、突如として表舞台に現れたのだ。
その時から日本は大きく変わっていった。
欧米諸国からの渡航制限、各地方の都市封鎖、治安維持体制は崩壊しインフラというインフラは壊滅した。
強大な力を持った生命体を前に人類がとった対策は、日本という檻を使った封じ込め作戦。
政府は諸外国からの圧力に見事なまでに屈し、国民からは盛大な皮肉の拍手を持ってその偉業を称えられた。
テレビで誰かが言っていた、『自己防衛』。
そんな言葉が、国民の間でキーワードになってしまうくらいには、彼らの生活は脅かされていた。
「これで良し、っと。うわ……もうこんな時間」
吸血鬼特別対策室、通称VSCOで働く23歳の新人・雨田カナエは机に伏せられたスマホを手に取ると、肩にかけた鞄へ乱雑に放り込んだ。
時刻は午後十時を回ったところ。
日々激務という名の荒波に揉まれ、安定した収入と趣味に費やすたっぷりの時間という、幻想の希望を抱いていたあの頃の自分はもういない。
(私、いつからこんなくたびれた女になっちゃったんだろ)
死んだ目をするにはまだ早いぜ!
頭の中の『ぐっどらっくん』がキラリと光る白い歯を見せ、サムズアップをしている。
(うふふ、家で推しが待ってるわ)
ニヤケ顔を抑えつつ、ちらほらと残る同僚や先輩、上司に挨拶し、彼女は本部の建物を出た。
VSCOの本部はA地区、崩壊した旧東京で言うと千代田区に位置する。
「昔は立派なオフィス街でも、今は軍事基地か」
「普通に前から自衛隊の基地とかあったけどね。てか、カナエちゃん今日俺に挨拶した?」
「……粕崎先輩、お疲れ様です。朝ちゃんとしましたよ」
茶髪で眼鏡をかけた細身の男が、背中を丸めて歩いていた雨田の後ろから声をかける。
あからさまにイラつく容姿と言動は、まるで神様が花粉症の時にぐじゅぐじゅの顔と覚束ない手で作ったような、奇跡の造形バランスだ。
「今日もう遅いし、家まで送ろうか? てか、家どこ。実家?」
「いや大丈夫です。普通に一人暮らしですけど……別にいつもこのくらいに帰ってますし」
(まずい、頭の中の『ぐっどらっくん』が無言で中指を立てている)
「あの、粕崎さん確か方向逆ですよね? ホントに大丈夫なんで、疲れてるし」
「あそう。まぁ駅まで送るよ、暗いから夜道は。駅の近くちょっと物騒だって話も聞くし」
「あーなんか最近事件ありましたね。元々ガラ悪い人多いですけどあの辺」
街灯の少ない、やけに入り組んだ道を二人並んで歩く。
無意識の警戒心によるものか、カナエの身体はどんどん粕崎から離れる。
特に気まずくも感じない無言の時間が数分過ぎた頃、事件は起きた。
叫びながら逃げ惑うチンピラ風の男たち。
建物が硬い何かに削られるような轟音。
夜の穏やかな風に乗って香る血の匂い。
「え、なになに。何かあったぽい?」
馬鹿丸出しの顔で辺りを見回す先輩の横で、おそらくカナエだけが二つの影の姿を目に捕らえていた。
恐れと驚きで固まる身体から、冷や汗が次第に吹き出る。
(あれ多分、”吸血鬼”だ)
「テメェら早くこっから離れろ! マジで死ぬぞ!!」
「なんなんです!? 一体なにが……」
「知るかよ! 目の前でダチの首が吹っ飛んだ、それしか今はわかんねぇ!」
段々と轟音が近づいてきているような気がして、一刻も早く親切なガラ悪お兄さんの言う通りに、この場から離れた方が良いように思えた。
「先輩、早く離れ——」
振り向いた瞬間、肉が圧し潰される音と血が飛び散る音が、耳に響いた。
「あっ……死」
「お前ジャマ! こんなとこで何してんだよ」
目の前に現れたのは、黒髪紅眼の長身の青年。
だが彼女は彼の顔を認識する寸前に意識を失った。
「えーマジかよ、これもうやるしかねぇのか」
前方からは、赤黒い衣のようなものを纏った、白銀髪の怪物が周囲の建造物を破壊しながら近づいてくる。
攻撃の気配を察知するよりも早く、青年の身体は硬化した血液によって貫かれた。
「ごっ、ぼえぁ! やべ……死ぬ」
大量に血を吐き散らしながら、命の終わりを意識する。
今の時代、さほど珍しくも無い終わり方。
薄れゆく意識の中、彼は幼き日の夢を思い出していた。
◆
おかーさん、なんでうちはこんなにビンボーなの?
でも、それはおかーさんなんにもわるくないじゃん。
じゃあぼくがおかーさんにらくさせてあげる!
たくさんばんぱいあたおして、おかねかせいでごはんかう!
は? 今更いねぇ父親のことなんか聞きたくねぇよ。体調悪いなら寝てろって。
病院、行かせてやれなくてごめんな。
おい謝んなよ。オレちゃんと——って、最後まで聞けよ……
◆
「クソったれ! テメェらがいなきゃ……!」
違和感。
身体が軽い——いや、軽いどころでは無い。傷一つ無い。
夜にもかかわらず目に見えるもの全てが鮮明で、横で気を失ってる女の息遣いも、瓦礫の下で滴り落ちる血の音まで聞こえる。
うるさすぎる。
そう感じて視線を上に向けると、上空をヘリが旋回していた。
回転翼の翼一枚一枚が、まるでスローモーションのように確認できる。
感覚で分かる。自分は人間とは別の存在だ、と。
「今ならヤれる。そんな気がする」
彼が踏み出した一歩は容易にアスファルトの地面を砕き、数秒前に自身を貫いた憎き吸血鬼の元までその身体を届ける。
先程まで捕食者として自分が蹂躙していた筈の弱者が、今まさに自身と同じような姿となって文字通り目の前にいる事実に、怪物は驚愕していた。
自分の顔が、顎下から無い。
怪物がその事実に気付いたのは、彼が地面に激突した後だった。
「ガッ、カ……オアエハ」
「何言ってっかわっかんねぇよカス! 無い歯ぁ喰いしばって、この最強の攻撃もう一回耐えてみろや!」
青年から流れ出た血が、再び彼の周囲に漂いながら集まる。
何とも悍ましい形だ。
無数の薔薇の棘がついた鞭かのような造形をしている。
まさしく茨の蔓。
一瞬の後、怪物は幾つかの肉片と化した——。
「なんかハイだ……今なら何でもできそう」
「そこの”吸血鬼”、意思疎通可能ならばすぐに投降しなさい。貴方は既にVSCOの治安維持部隊によって包囲されています」
拡声器による低音質の声が周辺に響き渡る。
「やべ、VaSCOか! 逃げなきゃ」
青年は近くに転がっていたスーツ姿の女性を拾うと、そのまま夜の闇へと姿を消した。
◇
「ん、ここは……」
意識を取り戻してすぐ、見知らぬ天井が目に入る。
カナエは混乱したまま身体を起こした。
「おー起きた? ごめん、間違えて連れてきちゃった」
狭い畳の部屋に敷かれた布団へ寝かせられた彼女と、横に置かれたちゃぶ台で酒を飲んでいる黒髪紅眼の青年。
二人はしばし目を合わせたまま、無言の時を過ごした。
「——は? え、なになに何なの」
「夜食食べる? 今うどん茹でてんだけど」
「いや、ここどこなんですか。なんで私見知らぬイケメンの家にいるの」
すぐにその問いには答えず、青年は背後にあるキッチンへと向かう。
「ここオレの家。お前気絶してたから、放っておくのもアレかなぁーと思って連れてきたんだけど、よく考えたらVaSCOに任せれば良かったんだよね」
「? そういえば、私会社から帰る途中に……」
うどんに卵とネギを乗せただけのシンプルな夜食を、二人前作って青年はちゃぶ台の方へと持ってくる。
未だ混乱しているカナエにも勧めると、彼はそのまま食べ始めた。
「あ、ありがとう。いただきます」
「んー朝ぶりの食事うまっ」
空いた腹に薄味のうどんが染み渡る。
(そういえば、夜ご飯食べてなかった)
ものを食べたことで、混乱していた頭も次第に落ち着いてきた。
彼女が周囲を見渡すと、あまりにも殺風景すぎる狭い部屋がそこにはあった。
数冊の本とラジオ、布団とちゃぶ台、玄関には箒と塵取りが立て掛けられている。
隅には乱雑にたたまれた数枚の服と下着が転がっていた。
「落ち着いてきた? ごめんねマジで。隣にいた人——同僚? 助けられなかった」
「あ、粕崎せんぱ……うぼぁえ!」
「あーもったいねぇ! 貴重な一食分を!」
吐いた。
脳に先輩が潰された瞬間がこびりついている。
色んなことへの申し訳なさと、恐怖と、悲しさで、もう流れる涙と嗚咽を止めることはできなかった。
「掃除しとくからさぁ、その血とゲロで汚れた服着替えてきなよ。オレの服適当に使って」
「っごめ……ごめんなしゃい」
青年にスウェットの上下を渡され、風呂場に追いやられる。
ぐちゃぐちゃのスーツを脱ぎながら鏡を見る。
落ちた化粧、涙、吐瀉物。
(私、こんな顔人に見せられたんだ)
人に見せられる弱みという弱みを全てさらけ出したんじゃないか。
そう思っていると、遠くから『くっさ!』という声が聞こえた。
また泣いた。
(優しくてイケメン、でもノンデリクソ野郎。あなたは一体何者なの)
◇
新東京、A地区。吸血鬼特別対策室・本部。
「それで、その”吸血鬼”を倒した新種というのは?」
「は。ここから北東方面にありますハヤブサRWの002St.付近にて確認。敵性”吸血鬼”の攻撃により死亡したかに思われましたが、その後、白銀の髪を持つ個体に変身。そのまま敵性個体を撃破、何処かへ逃走しました」
長官・篝ユウキは仮眠室で寝ていたところを叩き起こされ、部下から事件の報告を受けていた。
白髪混じりの髪に皺が刻まれた顔は、露骨に彼の疲労を物語っていた。
「それで、目標は今どこに。ヘリで追跡したのか」
「いえ、それでは目立ちすぎるとのことで。渦雲さんの第四隊が捜索に当たっています。発見の報告はまだ来ていません」
「第二隊はまだ東北遠征中、第一と第三は隊長死亡ですぐには動かせん。第五は何をしている? 今本部を手薄にできんぞ」
「北谷さんはガールズバーに行きました」
大きなため息を一つ。
呆れと怒りを含んだ篝のそれを、部下は黙って見つめていた。
「呼び出しには応えられるんだろうな。もういい、放っておけ」
「流石に大丈夫だとは思いますが。なにしろ北谷さんなんで」
部下と別れ、篝は廊下にある自販機で無糖のコーヒーを買う。
こんな時は、止めたはずのタバコが吸いたくなる。悪い癖だ。
コーヒーを一口飲むと、彼はそのまま本部の司令室へ向かった。
24時間体制で”吸血鬼”の出現確認とその対応を行う司令室。
直接奴らと対峙する隊員も、彼らをサポートするオペレーターも、常に人員不足。応募はいつも人が滅多に減らない事務職ばかりだ。
「お互い苦労するな、お疲れ様」
「あ、篝長官。お疲れ様です!」
朝から夜まで勤務し続けていた筈の長官が、また現れた。
夜勤のオペレーターたちは涙を禁じえなかった。
しかし、そんな様子は微塵も見せず、緊急事態の状況と推移を報告する。
「丁度先程、第四隊・渦雲隊長から報告が入りました」
「見つかったのか」
「新種本体ではないですが、怪しい家屋を見つけたそうです。今彼の血小蜘蛛で調べています。リアルタイムで繋ぎますか?」
「頼む。近隣住民に配慮して確保は迅速に、もし新種が抵抗し人的含む被害が出るようなら”解放”を許可する。だが民間の被害は出すな」
正面の巨大モニターが渦雲のボディカムの映像に切り替わる。
A地区の外れ、ボロアパートやバラック等が乱雑に立ち並ぶ、半スラム街。
目の前を、黒いスーツに身を包み、自動小銃を持った隊員たちが小走りで移動する。
オンボロの二階建てアパートを彼らが包囲すると、数人の隊員を引き連れて、渦雲は錆びて茶色に変色した階段をゆっくりと上っていった。
暗い闇夜にカンカン、と金属の音が響く。
二階の角、深夜にもかかわらず薄明かりの付いている部屋の前まで来ると、彼はインターホンを押した。
「——? 部屋にいるはずだが」
「隊長、中でインターホンの音がした様子はありません。壊れているのでは」
「確かに。ではノックを……」
彼がドアをノックしようとしたその瞬間、中から何者かの声が響いた。
「くっさ!」
「なんだ? 一体何をしている」
「不慮の事態にも対応できる布陣です。隊長、行きましょう」
シデン副隊長の言葉に我に返り、渦雲は軽くドアをノックする。
部屋の中、青年はその役目を終えることのできなかったうどんの亡骸を片付け、自分の分の夜食を眺める。
「あんまし食べる気なくなっちゃったな……」
コンコン。背後の玄関からノック音。
こんな時間に、いや、こんな時間ではなくとも、自分の家を尋ねる者などいないはず。
「VaSCOか。面倒は避けたいけど、アイツいるし抵抗もできないよなぁ」
覗き穴から見えたのは、黒いスーツの武装した男たちだった。
自分が例え人間から歓迎されない存在だった、もしくはそうなってしまっていたとしても。
彼らがすぐに自分の命を取ろうとするかは分からない。
青年は大人しく鍵を開け、投降の姿勢を示しつつドアを開けた。
「優しくしてください」
「状況がよく理解できているようだ。俺たちは国民を守る存在、お前がまだ意思疎通ができる人間なら、傷つけはしないさ」
目の前の男はそう言うと、一瞬にして彼を地面に押さえつけ、拘束具を取り付けた。
「優しくしてって言ったじゃん……」
「物音がしましたけど、何かありました?」
「なに!? 何者だお前!」
奥から出てきたスウェットの女に、後ろに控える隊員たちが一斉に銃を向ける。
いきなり銃を向けられた彼女は、謎の声を上げて固まった。
「やめろ! そいつはただのその辺に落ちてた一般人だ」
「銃を下げろ、危険性は無い。ただ、同行願え。そのまま返す訳には行かない」
「はっ。たった今長官の方からも連絡が入り、そのようにするようにと」
かくして、謎の青年とスウェットの女、VSCO治安維持部隊・第四隊の面々は、夜の帳降りる街の中を装甲車でドライブするのだった。
「——だからぁ、オレはただの人間だっての! 多分」
「嘘をつくな。自分でも分かっているはずだ、お前は確かに”吸血鬼”を倒した。奴らと同じ姿となって」
「あん時はハイになってたし……あ、薬じゃねぇよ? ナチュラルハイってやつ。とりあえず死にたくねぇって感じで」
「要領を得ない。お前は、その力を持っていたことを知らなかったのか? ”吸血鬼”になってから元に戻れるなど聞いたこともない」
場所は戻り、A地区VSCO本部。
拘束された青年は研究エリアの一室に移され、長官の篝、第四隊隊長の渦雲、”吸血鬼研究副主任の六堂に尋問されていた。
「名前、御影カフカ。年齢21歳。職業は……フリーター? こいつ年金も国保も払ってませんね。最終学歴は高卒、他に特筆すべきことは特にありません」
「狭間に落ちた者だな。旧東京崩壊後、彼のような者はごまんといる」
「なにそれ、オレだって街の治安を維持してたもんね」
「チンピラを狩るのは治安維持でも、まして仕事でもない」
真っ白な部屋で拘束具を着けたまま椅子に座らされ、カフカは苛立ちを募らせていた。
背中が痒い、腰が痛い、腕が痛い。
「話す気が無いのなら、少し強引な手段を講じる他無い。六堂、至急で各種身体検査の準備ができるか?」
「ええ、とりあえずX線と血液検査します。健康診断は別に後回しでもいいでしょう。遺伝子とかの精密検査はすぐには無理ですね」
「ねぇ人権は? オレの人権は!? 本人許可してないよ!」
「捕縛用の全身拘束帯に変えた方が良い、それか麻酔か。今のままだと暴れて危険かもしれん」
彼の懸命な叫びは三人にことごとく無視され、拘束帯を取りに行く者と免許所持者を探す者はその場を去っていった。
「おーい! オレ全身麻酔とか怖くてムリなんだけど!」
「貴様、本当に心当たりは無いのか?」
二人だけが取り残された空間で、篝はカフカにぽつりと声をかけた。
「私の娘が、貴様と似た状態なのだ。ただしあの子は、見た目は人間のまま身体機能は”吸血鬼”となって、今も目を覚まさない」
「そりゃあ……悲しいな。でもオレは本当に何もわかんねぇよ。”吸血鬼”に対して知ってるのは、普通の人間にゃ倒せねぇ、そんでこの国をメチャクチャにしたってことくらいだ」
しばしの沈黙の後、今度はカフカが口を開いた。
彼の前に立つ篝に対し、真っ直ぐに目を見据える。
「なぁ、おっさん。あんたは何で”吸血鬼”を倒してるんだ? 国を守る為か、それとも大事な人を守る為か?」
「——そのどちらもだ。私はこれまで、漠然と仕事だけをして生きてきた。今はただ、あの子が平和な世界で幸せに生きることができるよう、戦っている」
その言葉に、カフカは真っ白な床を眺めながら思案する。
「貴様は? 何の為に生きているんだ?」
「……え、何でだろう。オレは母さんが死んでから、なんとなく、ただ生きなきゃって思った。あの人の役に立てなかったから……もしかしたら、誰かの役に立つ日が来るんじゃないかって」
再び篝の目を見た時、彼は無表情のままにカフカを見つめ返していた。
「では私たちの役に立て」
反応を待たず、篝は続ける。
「理屈も理由も分からないが、事実として貴様は”吸血鬼”を倒した。そしてその後、意識を呑まれ怪物になることも無く、今もこうして平然と会話している」
「私たちの戦力、新たな手札として貴様程の存在は無い。その力を私たちに貸せ、その力を国民の為に使え」
「その力で、誰かを守れ」
霧が晴れた。そんな気がした。
「衣食住を保証してくれ。そしたら、この命、全部あんたらに預ける」
「最低限のラインが低すぎる。住はここにあるVIPルームの一部屋を使え。衣食に関しては、鰻でもヨウジヤマモトでも、もういらないと言う程買わせてやる」
「交渉成立だな。——ところで、うなぎってなに?」
その時、渦雲と六堂が戻ってくる。
渦雲は拘束帯を持っていたが、六堂は医師免許所持者を見つけられなかったようだ。
「お前たち、手間をかけさせて悪かったが、もう拘束帯も麻酔も要らない」
「え、どうしてです篝さん」
「抵抗されると面倒です。まぁ俺なら抑えられますが」
拘束帯を持って、挑発的な目線でカフカを上から見下ろす。
だが、彼の頭の中にはうなぎの事しかなかった。
「現時点をもって、御影カフカを第零隊の隊長に任命する! 彼はもう、私たちの仲間だ」
「ヨウジヤマモトのうなぎが食べられるなら、オレは命を懸けるぜ」
ヘラヘラと笑う彼を見て、二人は声を揃えて言うのだった。
「「この馬鹿が!?」」
(Tips)
雨田カナエの推し『ぐっどらっくん』は、虎の顔にムキムキの肉体を持った、某製薬会社のマスコットキャラクター。
彼のせいでカナエは周囲の友人たちから趣味の悪い女と思われてます。
第二話:戯曲
第三話:針路