VAMP 第三話
第三話:針路
「えー、”吸血鬼”って元人間なの?」
「そりゃそうだろう。でなければお前は一体どうやって生まれたんだ」
「そんなの……母親がヤンチャしたとか?」
「まぁ、ある意味正解やんなぁ」
VSCO本部のとある会議室、カフカは渦雲から、治安維持部隊として働く為に必要な知識を教えられていた。
「ところで北谷、何故お前がここにいるんだ? 座学は俺、戦闘訓練はお前という役割分担だったはずだが」
「先輩と後輩が上手くやれとるか見に来ただけやって。そない冷たい目で見いひんといてくださいよ」
「ぐーぐー」
拳骨一閃。
開始数分にして大胆不敵にも居眠りをするカフカに対し、渦雲は無言で容赦なく一撃を喰らわせる。
おーこわ、と言いながら、北谷は会議室から退散していくのだった。
「いたぁい……」
「次俺の前で寝たらその首をへし折るぞ。どうせお前は死なん」
「最初から思ってたけど、渦雲さんオレに当たり強くない?」
その問いには答えず、彼は会議室のホワイトボードにVSCOの組織図や部隊編成、各都市の基地などを描いていく。
しばらくしてできた図に、さらに細かく文字を書き足していくと、後ろを振り返って相変わらずの冷たい声で告げた。
「一時間で全て覚えろ。一時間後にテストだ」
「できたら何かご褒美くれます?」
「……チッ。飯でも何でもいい、一万円分好きなもの送ってやる。早くしろ」
「それ金くれれば良くない? ねぇ」
黙ってノートPCで仕事を始めた渦雲に文句を言いつつ、カフカは手元のルーズリーフに図を写す。
一時間後、大まかな図と空欄が書かれた紙を手渡され、それを埋めていく。
書いて、埋めて、また書いて——。
終了、の一声と共に、カフカの首はへし折られた。
◇
「長官、アレを隊長として動かすのは無理です。馬鹿すぎる。ただの遊撃手として戦場に放り込んでおくのが賢明でしょう」
「言いたいことは分かるが……渦雲、彼がその潜在能力を遺憾なく発揮できたら、今の状況が大きく変わるとは思わないか。駒として使い潰すのではなく、目的を与え兵士として成長させる方が良くはないか」
自身の上官であり、そして唯一と言っていい『尊敬できる大人』である篝の言葉に、渦雲は黙り込む。
「その為にわざわざ、多忙なお前たち隊長を世話係に就けたんだ。馬鹿のままでも良い、彼の良さを、能力を最大限発揮させてやってくれ」
篝は彼の目をしっかり見つめると、その肩に手を置いて言葉を続けた。
「だがまぁ、それは彼が生きて帰って来られたら、の話だが」
「——どういうことです? つい首を折ってしまいましたが、アイツはピンピンしていたじゃないですか」
「候補生の上位三名と共に東北へ遠征に出す。円から、手こずっているので応援が欲しいと要請があった」
その時、念のため医務室へ行っていたカフカと第四隊副隊長・竜胆シデンが、二人のいる司令室へ入ってくる。
「隊長、特に異常ありませんでした」
「悪かったなシデン。ご苦労だった」
「おぉい! まずオレに謝れよ!」
騒がしい黒髪の青年に、横にいる細身で小柄な紫眼の青年は軽蔑の眼差しを向けている。
渦雲の隣へ移動すると、後ろで一つに束ねた藍色の艶やかな髪が左右に揺れた。
「御影、改めて指令を出す。”血戒者”候補生と共に東北戦線へと赴き、第二隊に加勢しろ」
「えぇー……いいっすよ」
特に躊躇う素振りも無く、カフカは了承した。
その後、渦雲と竜胆に口調を注意されたのは言うまでもない。
出発はすぐ、翌朝である。
「整列ッ、自己紹介!」
VSCO本部の屋上ヘリポートに集められた候補生三人は、謎の青年の掛け声に一斉に首を傾げた。
「あの……貴方が、長官が仰っていた第零隊の方ですか?」
「うん。御影カフカだ、よろしく」
まだ十代後半の彼らは困惑しっぱなしである。
何しろ、目の前の青年は、遠足に行くかのような出で立ちなのだから。
「あの、戦闘用のスーツは? あとその手荷物は……」
「あ、これ? 行きで食べる用のお菓子とか、暇つぶし用のゲームとか。トランプも持ってきたぜ」
「えぇ……」
三人の男女は、互いに顔を見合わせていた。
一応、あの馬鹿は今回の小隊の長である。
心配と不安が一気に押し寄せてくる。
「なぁにごちゃごちゃやってんねん。もう出発の時間ちゃうの?」
いつもは胡散臭いあの関西弁が、今はこんなにも頼もしいとは。
「北谷さん! この人、遠征を遠足と勘違いしてますよ!」
「え、違うの?」
「そんなことやろうと思うたわ。ほれ、カフカ。キミのスーツ持ってきといたで」
金髪の男から、黒いピッチリとした戦闘用スーツが放り渡される。
無言でそれを受け取ったカフカは、その場で着替え始めた。
「なんで男の着替え眺めなアカンねん。いっちょ前に良い身体してんの、ホンマ腹立つわぁ」
「うわー筋肉すご。顔も良いし結構タイプかも」
「ハルカぁ、お前そういうの本当隠す気ねぇのな」
「何なの、この時間」
堂々と全員の前で着替えた後、彼はそのままヘリに乗り込み笑顔で言った。
「みんな、早く行こう」
「キミを待っとったんや、なんてツッコミしても無駄なんやろうなぁ。さっさと行ってこい。気ぃつけてな」
北谷に見送られながら、四人を乗せたヘリはVSCO本部を飛び立った。
「あ、自己紹介しますね。僕は橘マモルです。候補生第三位です」
「あたしは咲ハルカです。よろしくおねがいします♡」
「候補生第一位、西園寺ランっす」
自己紹介されたカフカは律儀に一人ずつと握手をすると、持ち込んだカバンの中を漁り、赤い箱を取り出した。
「ポッキー食べる?」
彼らの誰もまだ、戦場の現実を知らない。
◇
数十体の”吸血鬼”との戦闘が続いている最前線から、南西に約十キロ。
VSCO東北022基地へと、カフカ以下、第零隊特別小隊は到着する。
出迎えるのは第二隊副隊長・渦雲カオル。
兄、いや家族全員を激しく嫌う、渦雲家の異端児。
「よーく来たバカ犬ども! 私があの円さまの最も忠実なる僕、第二隊副隊長のカオルだ」
小柄な体格に似つかわしくない機関銃を傍らに置き、赤紫色の髪をした女性はヘリの前で仁王立ちをしている。
「どうもー。めっちゃ渦雲さんにそっくり、妹さん?」
「……出会って二秒で他人の地雷を踏むその図々しさ。話に聞く通り、よっぽどの馬鹿らしいな」
「へへ」
それほどでも、と言いたげにニヤケ面で手を頭の後ろへやる。
怒りで赤く染まっていく彼女の顔が見えないのだろうか。
「落ち着け私、こんなことで心を乱されるな。大丈夫、私は大丈夫」
ぶつぶつと呟いているカオルを、候補生三人が心配そうに見ている。
そんな彼らをよそに、カフカは相変わらずの空気の読めなさを発揮していた。
「あの、トイレ借りていいすか? ヘリでファンタ飲みすぎちゃった」
「基地の建物に入ってすぐ右だ。済んだらロビーで待っていろ、馬鹿が」
特別小隊四人にカオルを加え、五人で基地を歩き、ブリーフィングルームへ向かう。
個性的な面々に囲まれ、橘は早くも胃が痛くなるのを感じていた。
「——以上、現在の東北戦線の状況だ。何か質問は?」
「”吸血鬼”との戦況は拮抗状態、ということですよね? 戦いでのあたしたちの役割は何になるんでしょう」
「奇襲と囮だ。海側である東側から船を使って大きく迂回し、奴らが固まっている旧市街地の横っ腹を叩いて欲しい」
「よ、四人だけでですか? 第二隊からのサポートは……」
泣きそうな顔で、橘が弱々しく言葉を投げかける。
その様子にカオルは一度大きく息を吐くと、厳しい口調で続けた。
「君たちがまだ候補生なのは重々承知している。だが、本格的に”血戒者”や隊員となる前に現実を知っておいて欲しい。いざ戦場で『できません』などと泣き言を言われるのは困るんだ」
部屋の中に重苦しい空気が流れる。
才能があると持て囃されてきた今までとは明らかに違う、ここは生きるか死ぬか、全ては自分次第の戦場だ。
「大丈夫、死なせねぇよ。前に出るのも戦うのもオレがやる。みんなには、サポートだけ任せる」
「カフカさん……」
カオルは目を細める。
バカ犬のくせに円さまと同じことを口にした。
間違いなく、隊長の素質。
「既にこの時点で、ある程度の信頼関係を築いている。お前も少しは、円さまの僕に相応しい能力があるみたいだな」
「さっきから誰だよそれ」
鈍い音が、部屋に響いた。
「なぁんでこんなに殴られなきゃいけないんだよお」
「話聞いてないからですよ、カフカさん」
「こんなにノンデリな奴っているんだな。な、ハルカぁ」
「でもでも、さっきのアレ、ちょっとカッコよかった」
今日一日はチームでの戦闘訓練と、互いの事をよく知ること。
そう言われた特別小隊は、訓練場で仮想敵を相手に戦闘を繰り返していた。
「もう少し前方への注意より、後方へのサポートを重視したらどうでしょう。潔く前は全部カフカさんに任せるくらいで」
「距離が近くて怖いんだよなぁ。オレの攻撃に巻き込んじゃいそう」
「陣形はデルタで行くか? 三人だけで完結できるようにしておいて、隊長とは距離をとるとか」
真面目に話し合っている男三人と違い、紅一点はどこか上の空である。
「ハルカ、そんなんじゃ本当に死んじゃうよ? ちゃんと聞いてる?」
「まつ毛長い、脚長い、顔ちっちゃい……」
「え、オレのこと見てる? 困ったなぁ」
「もう放っておけよ。こんなんでも、いざ戦いになったらちゃんとやるよ。たぶん」
自分たちなら、大丈夫。
必死に言い聞かせながら、明日の出陣に思いを馳せた。
(Tips)
橘→18歳、咲→19歳、西園寺→19歳。
個性豊かな候補生上位三名は、結構仲良し。
西園寺は咲のことが好きです。