会津錦酒造(福島県・喜多方市)「こでらんに本醸造無濾過生原酒」
※ショートストーリーとともに、日本酒のご紹介をします。日本酒に興味が無い方に読んでいただいて、日本酒に興味を持っていただき、実際に日本酒を召し上がっていただけたらと思います。福島住まいなので、ご紹介する日本酒は、どうしても福島のものが多くなります。
敦子は、朝から落ち着かない気分だった。
正月二日の昼頃である。
来客がある。
敦子は、この日何度目かの姿身を見て、どうしてもっと可愛く産んでくれなかったものかと、母をうらめしく思った。しかし、まあ、こんな風に産まれてしまったものは仕様がない。無い物ねだりをする年じゃない。もう二十一。
父の友人が十年振りに年始の挨拶に来る。
その挨拶に、その人の息子さんが一緒に来ることになっており、彼との再会に、敦子は心ときめかせて、やきもきしているのだった。昔々、まだ敦子が花ならつぼみの頃、お正月に来た彼に一緒に遊んでもらったことを覚えている。優しいお兄ちゃん、敦子の初恋だった。
玄関先に車が停まる音がした。
「わたしが出るよ」
母に断って、敦子は玄関まで行くと、ガラガラと引き戸が音を立てて開き、五十代の半ばほどの男性が柔和な顔で入って来た。そうして、敦子を認めると、姓名を名乗った。待ち人である。
敦子は、玄関先に膝をついて出迎えて、新年の挨拶を述べた。
――お兄ちゃん……。
男性の後ろにいる人を見ると、それは確かに、昔日の彼である。四歳年上だから、今は二十五のハズだ。すっかりと大人になっているが、優しげな面立ちは変わらない。懐かしさがこみ上げた敦子がぼおっとしていると、彼は笑顔を向けてくれて、
「久しぶりだね、あっちゃん」
昔の愛称で呼んでくれたものだから、嬉しくて顔が火照るのを感じた。
すぐに母が出てきて、二人を居間へと通した。
父親同士が久闊を叙しているとき、敦子も彼と二言三言話し、料理が運ばれてきて、宴会の運びとなった。
敦子は彼から目が離せない。あんまり見つめすぎていると変に思われるかなと思うけれど、どうしても視線が離れない。ぼおっとしていると、
「敦子、手伝って」
肩を叩かれて、母に台所へと誘われた。
お酒を出すらしい。
「向こう様からいただいたお酒よ」
一升瓶の口を開いて、母が、日本酒をとくとくとガラスの徳利二つに注いでいく。
敦子は、徳利と杯を盆に乗せて、居間の足の低いテーブルへと持っていった。
彼の前に杯を出すときに少し手が震えたようである。
「ありがとう」
すでに酔っぱらったような気持ちになっていた敦子も、お酒のお相伴に預かることになった。
日本酒は、好きでも嫌いでもないけれど、
「是非飲んでみて、あっちゃん、これはオレが選んだんだ」
そう言われたら、飲まないわけにはいかない。
少し黄色がかった色合い。
お上品に一口含んでみると、敦子は思わず目を見開いた。
「えっ、これ……日本酒?」
まるで、梅酒のような強烈な酸味を感じる。そのままの感想を言うと、彼は笑って、
「梅酒はよかったね」
と答えたので、見当はずれなことを言ってしまっただろうか、と大いに恐縮したけれど、
「この柑橘系の酸味がこのお酒の特徴なんだ」
あながち的を外れてもいなかったようなので、ホッとした。
「なんていうお酒ですか?」
「会津錦酒造の『こでらんに』っていうお酒だよ」
「こで……らん……に?」
「うん。福島県の会津地方の方言で『こたえられない』、つまり、申し分ないっていう意味なんだ。面白い名前をつけるよね」
そう言って、彼は美味しそうに飲むと、
「確かにこれはこたえられないなあ」
そう言って笑った。
「この酒造はね、少し前に世代交代をして、そのときお酒の作り方をガラリと変えたんだ。『こでらんに』以外にもいくつか銘柄があって、このお酒みたいに無濾過《むろか》酒が主流なのかな。無濾過酒っていうのは、濾過という作業をしていない酒のことで、濾過というのは、できあがったお酒から雑味を取り除く作業だから、それをしていないっていうことは、それだけできあがりに自信があるお酒っていうことなんだよ」
敦子は、彼のうんちくを心地よく聞いていた。もう一口お酒を口に含むと、心地よい酸味が舌を刺激して、濃厚な旨みがありながら、それでいてすっきりとした後味であり、癖になりそうなお酒である。いくらでも飲めそう。
「本当に美味しいです」
敦子が素直に言うと、
「実はこの蔵はまだそれほどは有名じゃないんだ。あんまり知られていない酒造のお酒をひそかに飲んでるって思うと楽しいよね」
まるでいたずらっこのような顔をして彼が笑った。
その笑顔とお酒の美味しさに感動していると、
「敦子、お注ぎして」
母の声がかかる。その命に従って、手に取った徳利を、おっかなびっくりと彼に向かって、差し出す。彼は杯の酒を少し飲んでから、杯を差し出した。敦子が徳利を傾ける。こんなことなら、美しい注ぎ方の練習をしておくべきだったと後悔した。そのあとに、
「じゃあ、ご返杯」
そんなことを言って、彼が徳利を持ったものだから、敦子は動揺した。
こぼさないように注いでもらって、いただきます、と杯の端に唇をつける。
確かに、こたえられない味だった。