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鳥羽駅前の巨大廃墟に嬉々とする卑しさを考える

なんだか仕事はトラブってるし急に涼しくなって鼻詰まりが酷いしで文章を書く気もおきねぇなとか思っていたら大分時間が経ってしまった。
先月機会があってお伊勢参りに行ったことは前回書いたが、それの続きを以下に記す。

伊勢には泊まらず、内宮最寄り駅(とは言ってもバスで20分そこらはかかる)の五十鈴川から近鉄で数駅行った先の鳥羽に泊まった。
それも駅前ではなく、駅から出ている専用バスでまた20分、着いたのは無暗にデカい敷地の中に本館別館スパ棟プールジムテニスコートエトセトラエトセトラが整備された「あの頃」のリゾートホテルだった。そりゃ事前に調べてはいたけれど、普段やっすいビジホか冷蔵庫とパントリーの隙間くらいの広さしかないカプセルにしか泊まっていないから、あまりにも広くて驚いたのである。

ロンバケのジャケットみたいな写真が撮れた。永井博先生に買い取ってもらおうか。

特に祝日でも何でもない土日にしてはそれなりに客の入りはあった。皆ここに泊まって、何を見て何処へ帰るのだろうか。
部屋も広い。夕飯の懐石料理も美味しかった。大分満足していたが、そのうち豪華過ぎて落ち着かなくなってきた。出先で贅沢をすることに対して本能的に向いていない。もしくは贅沢を享受する心の余裕が無いとも言えるかもしれない。どんな言い方をしたところで情けないことには変わりないが。
当たり前だが、晩夏の朝の屋外プールに泳ぐ影は無かった。今年は振り返るだけでも嫌な気分になるくらいにはデロデロ溶解級の酷暑だったが、この時期にもなると流石に朝晩は秋の気配が勝っていた。

チェックアウトして鳥羽駅に戻り、電車が来るまで少しだけ時間があったから駅前を散策した。
駅に直結して「鳥羽1番街」という複合ビルが建っているが、その向こうにまた一段と大きな建物がそびえており、何故かまったく人気が無い。恐らくそうだろうと思いつつ近寄ってみたら、やはりそうだった。

写真左側の、褪せた赤いドームのような何かが駅のコンコースから見える。

パールビル名店街。調べてみたら2008年に閉店して以来、ずっとこの調子で放置されているらしい。仮にも市の代表駅の駅前なのだが、権利関係が複雑なのか、それとも行政に撤去する体力が残っていないのか。
建物が管理されている様子も無い。壁を這うように生い茂る蔦はダクト越しに中まで侵入しているし、窓から中を覗くと当時の備品でとっ散らかっている。一等地の目立つ場所にあるからそうそう中へ入ることはできないだろうが、15年もあれば流石に荒れ放題にはなる。

褪せたドームに近寄ってみた。現役時代はもうちょい鮮やかだっただろうか。

それにしても大規模な廃墟なのだ。ということはそれ相応の規模の来客を見越して造ったものだろうし、写真のドームもそうだが、形状にしろ色使いにしろ意匠にそれなりの金をかけていることが窺える。
パールビルが開業したのはおよそ50年程前らしいが、当時の鳥羽は活況だったのだろう。少なくとも今の駅前を眺めているだけではとても想像が付かない。

閉業当時と思われしき店舗案内。小さなショッピングモールくらいには入居している。

それなりの規模がある町の駅前一等地にこんな大規模な廃墟がある光景は僕としては結構センセーショナルだったのだが、思い出せばこれほど荒れ果ててはいないにせよ、使われなくなった大きなハコが残っている駅前は今や全国のあちこちに存在している。苫小牧もそう、少し前の佐原や上諏訪もそう。少し毛色は違うが、鬼怒川や清里も駅前を少し出れば通り一帯が廃墟などという暗澹たる景色に出くわす。
鳥羽の場合は少し歩けば全国有数の水族館があったり、定期的に駅前でイベントが開催されて賑わいを見せたりするらしいから決して訪問客の減少が最たる要因とは言えなさそうだが、そうなると施設そのものの老朽化や陳腐化が厳しかったのだろうか。

このフォントって昔のナショナルと似てますね。って言うかナショナルに今も昔も無いか、もう。

前日に行ったおはらい町やおかげ横丁の大賑わいを思い出す。結局あの街並みもガワは古風に見えるけど、中は新しくて綺麗で清潔でカジュアルで「今風」だもんな。鳥羽の駅前にしても、海沿いに建てられていた新しいマルシェはそれなりに混雑していた。
その点パールビルはいたずらに大きいから、新陳代謝を図るにも限界はあったのだろう。かと言って潰して建て直すには、それをペイできるほどの来客もこれからの社会情勢的に見込めそうにないだろうし。

この手のやたらデカ過ぎて持て余す、もしくは持て余し過ぎて潰れた前時代的な観光施設は全国あちらこちらで見かけるが、そいつらがパールビルのようにとうとうこぞって廃墟になりつつあるのが昨今である。
そして卑しいことに、そういった時代の遺物に涎を垂らす衰退ツーリズム愛好家は少なからず存在する。僕のことである。タチが悪いのは、そうした人間は盛衰中ないしは盛衰し終えた対象物に勝手に物語を当てはめて興奮する癖を持ち込むから、そこに現地住民の思慮を一切受け付けない。とりあえずポーズとして憂うフリはしつつ、両の眼をキメながらシャッターばかり鳴らし続けるのだから醜悪である。
廃墟、シャッター通り、旧型のマシンばかり残されたゲームコーナー、廃れ行く空間を嬉々として享受する卑しさは、正直何一つも弁解できない。

鳥羽を離れて名古屋に着くと、駅前には無数の高層ビルが建ち、高島屋の地下は芋を洗うような人だかりで、息苦しい反面僅かに安堵した。
別に東名阪のような大都市のようにとは言わないまでも、残すべきものは残しつつスクラップアンドビルドが適度に繰り返されて、店が営業して、そこに一定の客が集まる光景がどの地方都市にもあるに越したことは無い。どの町だろうが栄えてほしいし賑わってほしい。結局言い訳のようになってしまったが、こればかりは切に思う。

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