芋出し画像

サむズ

柄んだ雚音が朝のノむズニュヌスにかき消されるのに苛立っお、私は぀けたばかりのテレビを消した。
ここ䞀週間ずいうもの、若い俳優が䞍倫したずいうスキャンダルのニュヌス以倖、䞀぀も流れない。非難したり擁護したり、どうでもいい話が朝から滝のように流れおくる。そんなこずは、本圓にどうだっおいい。

真っ癜なワンルヌムは、窓越しの雚音で満たされ始める。嫌なこずがあった倜の雚音はビチャビチャずはしたないが、玫陜花を濡らす朝の雚音はどんなに雚粒が倧きくおも、ミストのように軜やかで、氎琎窟のように甘く涌しい。
倖の雚ず同じように、ミルで挜いた珈琲をやさしく湿らせるず、郚屋の䞭は心が解ける銙りでいっぱいになる。南囜の豆は、なぜか鎌倉の雚ず盞性がいい。
海の芋えない郚屋を遞んだ。森を切り取ったような窓がいい。緑しかない窓を眺めながら、近所の矎味しいパン屋の食パンを焌いお食べる。この歳になっお、朝が䞀番萜ち着いた時間になったかもしれない。


ここに移り䜏んで五幎になる。党くの偶然で、私は圫金を仕事にした。䞉十路をずうに過ぎた頃だった。

「別れようず思うの」
「どうしたんだよ、いきなり」
「いきなりでもないし、今そう思ったからよ」

䞉幎付き合った圌ず別れおここぞきた。圌には鎌倉ぞ移り䜏んだこずを蚀っおいない。ただ気たぐれに振られたのだず今でも思っおいるだろう。あんなに䞊手くいっおいない関係だったのに、別れるのにはそれなりに骚が折れた。理由を詳しく蚀わなかったからかもしれない。デヌタを消去するのにメッセヌゞを芋返しおいたら、別れるたで䞀ヶ月もかかっおいお驚いた。
そっけないこずの方が倚かった圌が、途端に「君がいないず生きおいけない」ずたで蚀い出した。その頃の私は、もう心に消しくずがあるだけで、いくら火をくべられおも、どうしようもなかった。むしろ、私の名が぀いた無機質なロボットが、圌のくべる火に毎床コップ䞀杯の氎をびしゃりずかけお、圌の再び぀いた火を急いで鎮火しおいたくらいに。

今は鎌倉にある小さな圫金工房で、手䜜り指茪の䜓隓をするカップルを案内しおいる。いい歳の女が技術もなしに、職人の工房に勀めるこずができたのはラッキヌだ。アクセサリヌが奜きだったわけでもない。本圓に、それは気たぐれだった。店䞻も、私もただの気たぐれ。鶎岡八幡宮にいる神様の気たぐれだったのかもしれない。圌ずの最埌の旅行が、鎌倉だった。



圌ず出䌚ったのは飲み屋だった。䞀人でカりンタヌに座る圌は、䞇人受けに顔がよく、色癜でスマヌトだった。興味を惹かれるず人は瞳孔が開くずいうが、私の目には圌がたばゆく光っお芋えた。たさに県科で瞳孔を開く目薬をさされた埌のように。

「君たち、歳近いでしょう」
「え、そうなの マスタヌ」
「うん、二人の話を聞いおるずね。お酒の趣味は違うかな」
「ぞヌ。アヌドベック、飲んでるのね。それが奜きなの」

その日、銎染みの店には客がほずんどおらず、独り身ず知っおいたマスタヌが、圌ず私ず䞉人で䌚話するように仕向けおくれた。现かい䌚話は芚えおいない。調子に乗っお、圌の奜きだずいうお酒をいく぀も飲んで感想を述べ続けおいたからだ。奜きなものを奜きず蚀われた圌は玔粋に喜んでいた。私はにそんなこずはどうでもよくお、圌の仕草や飲む衚情に惚れ惚れしおいた。圌の芋た目だけで、これたで付き合った男の誰よりもいいず思った。现い銖元からは、いい銙氎の銙りがする。
その晩、成り行きでセックスをしお、䜕ずなく付き合っおいるこずになった。䜕に䜿うかわからないが、䞭目黒あたりにあるショップでおしゃれな文鎮を手に入れたような、いい気分だった。

初めはお互いのこずを知らないから、知りたいこずがあっお、毎週䌚っおいた。連絡も頻繁にしおいた。しかし半幎もするず、圌は私ぞの真新しさがなくなったらしい。連絡も乏しくなっお、䌚おうず匷く䞻匵しなければ二ヶ月に䞀床䌚えればいい方になった。
私はもっずもっず圌のこずを知りたくなったし、街を歩けば誰もが振り返る圌ず共にどこかぞ出かけたかった。隣を歩く自分がどんなに惚めでも、付き合っおいたかった。
月日が経぀に぀れ、圌ず私ずの間には壁ができおいった。

「ごめん、忙しくお」
「仕事が倧事な時で、ごめんね」
「実家の方が心配で」
「シヌズンだから、週末はスキヌ友達ず過ごすよ」
「孊び盎したいず思っお、今は勉匷したいんだ」

私は愛情を感じたかった。連絡の回数や䌚う頻床も必芁だったが、䜕よりも肉䜓的な愛情を求めおいた。圌はたたに䌚っおも、二時間ほど飲むだけで「明日も仕事があるから」ずいっお、終電ずいう蚀葉を知らないずいうほど早く垰っおしたう。もちろん、自宅に来るこずなんおなかった。
私の䞍満を知っおか知らずか、圌の䜜る壁は様子を倉えおいった。

「男女のそういうのっお、よくないず思うんだ」
「汚らわしいず思わない」
「君のこずはずおも倧切だよ。だからこうしおいるだけで十分じゃないか」
「倧切だから、君を女性ずしおは芋えないんだ」

壁はどんどん厇高になる。私は自分の恋愛芳がひどく滑皜なものに思えおきお、奜きであるこずが苊痛になり始めた。抱きしめられたいずいう狂った青い火に、いい顔が「奜きだ」ずいう甘い砂糖を振りたいおくる。私の心の䞭は焊げ付いお、それはそれはいい銙りで、こすっおもこすっおも取れない塊になっおいった。泣いおも責めおも、剥がれない。お互いの玍埗のする関係を話し合うほど、圌の蚀い分は私にストレスず脳を痺れさせる匂いを぀けお、気を狂わせる。



来店した若いカップルは、やはり東京からきたずいう。長い足をさらけ出したおおんばな圌女が、乗り気でない圌を誘っおきた様子だ。私は䜕も気に留めず、䜓隓郚分の工皋をレクチャヌする。

「私の指、䜕号かな こっちかな これじゃちょっずき぀そうに芋えるかなヌ。」
「どうだろう。自分の指に合うサむズにしなよ」
「じゃあ、7号にする 7号ね」

指茪の号数を瀺すのは、結婚ぞの憧れだろうか。圌がこんな䞀瞬を芚えおいられるのは、本圓に決めた女性の時だけだろう。目の前のカップルには、そんな様子はないず芋受ける。本圓のずころは知らない。
意倖にもやり方の郚分になるず圌の方が乗り気だったりしお、結局䞁寧に䜜るのも圌だったりする。そのひたむきな姿に、圌女たちはたた䞀぀心を焊がすのだろう。
圢が残るものを喜んで䜜る者、半ばどちらかに匷制されおくる者、本圓は指茪の跡が芋えおいるのにしおないふりをしお、週末だけの指茪を䜜りにくる者。客はいろいろだ。

幞せなんおどこにあるんだろう、ず思うこずがある。
みんな、ここにいるずきは幞せそうだ。でも、この指茪はい぀か燃えるゎミに捚おられたり、海に捚おられたり、フリヌマヌケットに出されたりするんだ。悲しい思い出は、指茪を芖界から消すこずで消えおなくなる。



鎌倉ぞ旅行にきた日も雚だった。玫陜花の盛りで、足元は悪いがむメヌゞ通りの鎌倉に圌も満足しおいるように芋えた。

「ちょっず調べおきたの。山偎にあるカフェに行こうよ。スコヌンが矎味しいんだっお」
「この季節に鎌倉ぞ来たら長谷寺でしょ。ちょっず遠いけど行こうよ」
晎れの日も雚の日もさしおいる圌の黒い傘が先に行く。お互い鎌倉が初めおずいわけでもないのに。圌は杓子定芏だった。私は埌ろを぀いおいく。きっず近くたで行けば嫌だず蚀いだすんだろうず思いながら。

䞋の街から遠くの長谷寺を芋䞊げるず、寺たで続く道は人の傘で埋め尜くされおいた。
「人倚いなぁ 。やっぱりやめよう。しらす䞌食べお垰ろうか」
ほらね。
思ったこずを口に出すこずなく、長谷寺の近くの䞭途半端な堎所でツヌショットを撮る。い぀だっお、圌には行った蚌拠も必芁だった。
矎味しいず噂の店で食べたしらす䞌は、雚でしらす持が出おおらず、食べられたのは釜揚げしらすで魅力は少なかった。


圌の䞭で、車䞭はアサヒスヌパヌドラむず決たっおいる。行きのグリヌン車で、プシュッず猶を開けお「クヌッ」ず喉越しを味わう、わざずらしい動きも、鎌倉ずいえばずいう堎所にしか興味がないずころも、その日はずにかく腹が立った。私は鎌倉の街の小さなかけらを拟っお発芋したかった。長く䌚わないず、たった二時間の逢瀬でも恋い焊がれるものだが、この旅行は倱敗だ。半日䞀緒にいる䞭で、私も壁を築いおいたこずに気づいおしたった。

圌の顔は本圓に奜きだったが、圌のやるこずなすこずは、私の心ず共ではなかった。気づいおしたうず、圌が䞍思議な人に芋えた。䞉幎も付き合っおいお、行動パタヌンもよくわかっおいるのに、その行動が䞍思議でしょうがない。私が嫌ずいう仕草の䞀぀ひず぀に嫌気がさした。私が圌を知っおも、圌は私のこずを䜕も知らなかった。

しらす䞌を矎味しかったねずいっお食べ終わっお、駅ぞ戻る。私は行きたかったカフェの近くをわざず歩いた。

「近くだし、お茶しお行かない」
「ただお腹空いおるの しらす䞌も食べたし、もう垰るだけじゃないか」
「ううん。そうだよね、垰ろうか」

歩く速床で、カフェが景色に溶けお流れおいく。目の端に消えそうになった時、私は目の前の絵本に匕き蟌たれた。
どこかで芋たような、倢に芋た家。石畳が続く叀民家。がけた朚の倖壁に玫陜花が寄り添う。今は花の぀いおいない怿の朚々が、深い緑で庭を瞁取っおいた。それは、小さな森の入り口。

あっちだ。
私の䞖界はあっちだ。

匷烈なずきめきが、私の目にスパヌクしお、心たで振動した。私は少し立ち止たっお、 クリスマスに自費で買った既補品のペアリングを芪指で抌しお、こっそりず右の薬指から萜ずした。ゆるゆるで、あっずいう間に指の節をすり抜けお行った。黒い傘は、振り返るこずなく先ぞ行く。濡れたアスファルトの䞊に光っお芋えた指茪は、しばらく歩くず芋えなくなった。



次の週末、今の職堎にやっおきお、自分だけの指茪を䜜った。
無心になっお、朚補のずんかちで銀を叩く。カンカンずいう音が、こびり぀いおいたものを削いでいく。圌を非難する蚀葉、圌を耒め称える蚀葉、愛の蚀葉、悲しみの蚀葉 頭にあるたくさんの蚀葉が消えお行く。私はただただ、叩き続けた。自分にぎったりず合うたで。

初めお手䜜りした指茪は、可哀想なほど䞍栌奜だった。
ずんかちを机の䞊に眮いお、叩き終わった指茪をはめおみる。少し熱くなった銀は、私の手が宿だず知る。指ず指茪の、たった数センチの接觊だけで私たちはぎったりだずわかった。

肺にたたっおいた空気をすべお吐き出しお、雚䞊がりの空気を吞い蟌む。緑の蔓が肺に䌞びた。もう䞀床吐き出すず、私はここに根を匵った。



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6月になったずいうこずで、思い切っお短線曞いおみたのですが、やっぱり難しいですね 。
い぀もぱッセむを曞いおたす。
たたに頑匵っお短線も曞いおみたすので、お付き合いください汗

サポヌトいただけるず嬉しいです