小生おじさんになりきった。
小生、毎日をただ忙しく掛けてゆく日々を送っているだけの勤勉なる社会の歯車である。
したがって名乗るほどの名は持ち合わせておらぬ。ただし割かし大きめの歯車であると自負しており、日々小さな歯車をせっせと動かし続けているのである。
週に一度、小生は歯車の列から外れて転がり出す。目的はというと...なんてことは無い、世間一般に倣って保養という名の自己の道楽のためである。
今日此頃の私的流行はというと...専ら酒である。
独りぶらりと街をゆく。
繁華街の一角に懇意にしている店がある。
戸を潜ると従業員の快活な声掛けが飛んでくる
...そうだ、そうでなくてはいけない。
従業員にも納得のいく勤仕を教育してなければ、良い店とは言えない。
だがそんなことは気にしないといった風に小生はただぶっきらぼうに片手をあげ、ゆっくりと寵愛している席へと向かうのだ。
しかし、よもや思いもせず指定席(と思い込んでいる)には他の客が腰を掛けていた。
少し気が萎んだが、致し方ない。
昔は毛ほども気にならなかったが、この店もなかなか賑わっていたのだ。
小生も歳を取ったのかそんなことを気にするようではまだまだ精進が足りない。
店員の案内する席に不躾に腰を落とす。
小生に品書きなど必要ない。
「いつもの」それだけだ。
店員もクスリともせず、会釈をし、店の奥へと姿を消す。その間に小生はワイヤレスイヤホンを装着する。店がやかましかろうが、気に入らない音楽が流れようが、これでこの席は疎外された空間と化すのだ。
耳に流れ込むのは『5点ラジオ』。
最近贔屓にしているこの番組は、馬鹿話なのか、社会派なのか、よくはわからないがとにかく小生の心を擽るのである。
いい酒と5点ラジオ...
これらが疲れた歯車に油を指すのだ。
5点ラジオを聴きながらくすりとほくそ笑んでいると、間も無く「いつもの」品が運ばれてきた。
「カシスウーロンでーす。」
これ、これ。
店が寂れていた頃(コロナ禍)から通って飲み続けている至高の一杯である。こいつをちびちび時間を掛けて呑む。
それが小生流。
さて、5点ラジオも聴き終えたのでお愛想とするか。こうして小生は十分に満足し、
懇意にしている『つぼ八』を出た。
背中から店員の話し声が聞こえる。
「あの客、またカシスウーロンだけで帰ったぜ」
だがそんなことは気にも留めない、足も停めない...さあ、明日からまた勤労なる歯車へと戻ろう。
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