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あかるさのすべてよ

どうにも胸がいっぱいになるまるまる一日というのがごくごくほんとにたまあにあって、それが今日だった。

昨夜から、夫の仕事についてやって来たはじめての明石は蛸とどこまでも淡い海のまちで、とても気持ちよく、なんだか一瞬で好きになる景色。昨夜から一緒のMさんと夫とともに朝とも昼ともいえない時間に明石焼きを食べたりして、それでMさんと別れて、われわれはそのまま新快速に乗って梅田へと向かった。

たまたまのことで、しかし運命的に!まじでジャストなこと、今日梅田で川上未映子のサイン会があるのだということを先日知り、この機会、逃してはなるまいと夫に頼んでどうしても、やってきた。

『夏物語』は『文學界』に出たときにすぐに読んで、改めて本になってから読めることを楽しみにしていたのだけど、最近ずっと考えている生む/生まれることの全部が全力で書かれてあるような、この文章が今生きて読めることをとても嬉しいことと思う、そんなふうに素晴らしい一冊なのだった。だから、いったい私はその著者である川上未映子を前に、なにを話せるだろうとずっと考えて、考えて分からずサイン会の長蛇の列がじりじりと進んでゆくのを静かに緊張しながら待っていた。川上未映子に会えるのなら。

小説のなかにあらわれることのすべてを受け取って、しかし聞いてみたいことはなんだろう。伝えたいことはなんだろう。そもそもサイン会ってそんなに話せるのだったか。中二のときに行った松岡修造のサイン会では大ファン(だった)本人を前になんも言えなかった覚えがあるけれど今回は伝えなければならない使命があった。緊張していても、伝えられると思ったし、聞きたいことを私は聞けると思った。

「なかへどうぞ」と書店の人にうながされ、川上未映子が!和やかに、ほかのお客さんと話している。話しているー!という感慨もつかの間、すぐに自分の番になってバンと目の前にまっすぐ、目を合わせてくれる彼女がいたのだった。短歌をやっていること、かばんに入っていること、そんな自己紹介をすごく頷きながら聞いてくれることがうれしくて、ああこんな真っすぐに聞いてくれるのなら。

この作品を読んで、私が子どもを生んでも、生まなくても、養子を迎えることを選んでも、その選択のどれもが絶対に肯定されるような、強い力をもらいました…そこまで言ってやっぱりグッと喉がつまってしまう。じっと、頷きながらやはり真っすぐに見つめてくれるから、もういいんだもう無理だと思って涙がこうほんとうにばっばっ、ばたばたばたと夏の夕立かよってくらい落ちてくる。ずっと子どものことを考えていて、考えて考えてぐるぐるしています、でもこの作品を読んで私は嬉しい、全部がありがとうと思える、だからありがとうと言って、すると呼応するように川上未映子氏も私と同じくらい、ほんとうにぼたぼたと涙を流すものだから、二人で泣くというえっこれは私史上ものすごい空間。川上未映子と一緒に泣いてる。なにその私の人生の一日…。

そういうひと時があって、鼻水まで垂らして、大きく何回も息を吸っては吐いて、やっとサインをもらって、最後に「まだここにはいない、誰かに私が出会うことは、やっぱり素敵なことですか」とこれまたどうしても泣きながら聞いて、川上未映子は「うん、そうだよ、死んでしまうけれど、全部終わるけれど、それでも」と言ってくれた。きっとどうなにを言われても、しかしそのことばをもらって私はひたすらにあたたかい、安心の渦みたいなもののなかにあったこと、あんなふうにすべて大切な思いをそのままで受け止めてもらえたと思える時間があったこと、もう私はずっと離さずにいるて思う。これからどんな選択をしても/しなくても、どうあっても、あの全力全肯定の、真っすぐに貫かれたあかるい言葉をずっと何度でも抱きしめ直して生きていくだろうと思う。

こんな気持ちになれることって。全然ない。もうずっとない。ずっとなかったな。いいんだな、大丈夫なんだなと思えること、今まで長いこと、なかったんだなと思う。もう10年、いや死ぬまで、自分の輪郭をつよく、太くなぞってくれるようなこと。

最後の最後、「また会えますね」と言われて、そうかもしれないとほんとうに思って、「お会いできるようにがんばります」と言った。

念願の葉ね文庫に行けたこと、店主さんが自分のことを認識してくれていたこと、書いた短歌の短冊を飾ってくれたこと、買った本の入れてあった紙袋のなかに、ふたつ飴ちゃんが入っていたこと、同じくサイン会に来ていらした橋爪志保さん、そして大森さん土岐さんとお会いできたこと、みんなでカラオケに行ったこと、夫と土岐さんのリンダリンダ、手を振って別れたこと、今新幹線に乗りながら、夫は横で寝ていて、そのつかれた横顔、乗車直前に買った蓬莱の豚まん、手際のよい女性の笑顔、雨が新幹線の窓を素早く伝うこと、外は真っ暗なこと、川上未映子の頷き、私の頷き、全部あったのだと何度でも取り出したいから。全部今日のことなのだと。

多分また帰って日記に書くけれど。

#日記 #川上未映子

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