繰り返し訪れる週末
巨大な門を越えると同時に
空気と圧力が変わる
長く続く階段、階層を繋ぐ梯子の先
現れた長い廻廊
何度か曲がった先の通路に
上下左右に並ぶ扉の一つ
辿り着いた自室の前
部屋に入り
背中に背負った重たい荷物を下ろす
扉の横にかけたそれは
薄汚れている
みんなそうだ
手入れする気はない
大事にする気もない
綺麗になることはないから
無垢だった頃に戻ることはない
だから当然だ
・・・
雑然とした室内
床の上には
石ころ、鋼、木の枝、種子などが転がっている
部屋の中央には、ボロボロの木の机
脚はがたつき不安定
私が動くと、机もガタゴト音を立てる
机の上には
歪な形の平らな板が一枚
その足元には、大きな箱がひとつ倒れている
箱の中はゴミの屑のようなもので溢れ、詰まっている
床の上に転がるものは、その中に入ってた物の一部
板の上には
すでに、いくつものゴミ…オブジェが置かれている
[綺麗なグラスに太陽の黒点が入っている]
[アスファルトにめり込む割れた香水瓶、その中は麝香猫の糞便に満たされ]
[空っぽの電球に苔の花が咲き]
[半分腐った桃に埋まった鰐の骨格標本]
[ダイヤモンドは碧く輝く黴に侵食され]
[ウイスキーの蓋に入った牛乳]
[赤い鶏冠が鎮座するオムツ]
[傘の骨組みに絡む 脱皮した蛇の皮]
[漆で作られた王冠を飾る 向日葵の種]
それらを
隅から隅まで じっくり視る
ただ視るだけだ
この板の上では
『私が視ている時』に限り
『変化・変容』が起きる
すぐに変化は訪れる
[人の皮膚からできてる自転車のチューブが 0.05mm短くなった]
[鯨の脳油の容量がスプーンいっぱい分増え 増えた分は結晶化して水晶となり、それらは横にあったヒヨコ豆の缶詰へと、飛び込んでいった]
[歯ブラシの上に横たわった灰色のネズミが 3度傾いたのを、丁寧に分度器で測る]
[割れたマンダリンオレンジの房には、それぞれ三毛猫が入り寝ていたが、今は丁寧に三つ編みされた黒髪・赤毛・白髪が、それぞれの房の中に納まっている]
[長く伸びた臍の緒は、途中から緑の芋虫へと変わり、半分蛹へ変化していた]
それらを全て『視る』
『変化と変容』を促すために
そして『記憶』するために『視る』
これは『共有』するための重要な作業
ルーペを取り出し、じっくり視ながら
ひとつずつ検分してゆく
最後に真ん中にある
[鐘楼]を
中の[鐘]を確かめるように
じっくり見つめる
私の持つ[鐘]は
[逆さにした釜]であり
中に一本の[鎌]がぶら下がっている
他の[鐘]の話を聞くと
[鉄のヘルメットの中にぶら下がる黒い喇叭]
[ガラスドームにぶら下がるマスケット銃]
[花唐草が描かれた白磁の壺 その中にぶら下がる 墜落した飛行機]
[頭蓋骨の中、揺れる球根のついた逆さチューリップ]
そして私の[鐘]を含め
一度も鳴った事がない[鐘楼]が多い
[鐘楼]
これは『特別』なオブジェであり
私たちが『視て』も『変化・変容』しないオブジェ
そもそも、これは私達の世界のオブジェではない
何故そのようなオブジェが、私達の元にあるのか
私達は知らない
しかし[鐘楼]は
とても『重要』なオブジェである
[鐘楼]は
『我々が関与できない変化・変容』が起きたことを
教えてくれる
『我々が関与できない変化・変容』とは
私達の『眼』の影響を受けない
及ばない部分で『変化と変容』が起きること
それを『妙』と名付けている
『妙』が起きた時
それを知らせてくれるのが[鐘楼]である
『妙』とは世界が反転するくらい大きな出来事
『妙』とは、その世界に影響を及ぼすくらい重要なオブジェのこと
その変化は、門の向こうの世界だけでなく
私達の世界にも及ぶほど、大きな現象
変化と
『妙』を起こす事
私達の役目の一つでもある
ただ、今のところ
『視て』わかる通り
オブジェクトに何一つ、求める成果は出ていない
・・・
大きな箱を覗き、転がす
今日は一つ、増やしてみようか
こぼれた幾つかを眺め、ふと目に留まったもの
[セルロイドのペン軸]
しげしげと眺め
決めた
板の上に置く
同時に黒いマジックを取り出し、板の上、六箇所に黒い丸を描く
私は[マジックで描いた黒い丸]を気に入っている
他の私たちは
[シール]を貼る
[輪ゴム]
[梯子]
[箱]
[木の船]を置く
[糸]を垂らす
そんなやり方をしたり
視て、作業し
時間にして数時間ほどだが
これらは1週間分になる
ふと、今日がもう少しで過ぎゆく事に気づく
雑然とした部屋から離れ
扉の前、再び重たい荷物を背負う
また七日間戻れない
また七日後にここへ戻る
そして今日もまた
外へと出ていく
・・・
重い荷物をまた下ろし
板へと身を躍らせる
ここのところ
ずっと私の機嫌は良い
[セルロイドのペン軸]の変化は進んでいる
今は[セルロイドのペン軸]から
[硫黄で作られた少年が、鎖帷子を着て、石のパンを抱えている 足はまだセルロイドのペン軸]
に変わっていた
詳しく視るために
ルーペを使い、レンズ越しに
[硫黄で作られた少年が、鎖帷子を着て、石のパンを抱えている 足はまだセルロイドのペン軸]を覗く
レンズを通した先にいたのは
[9歳くらいの少女]の姿
少女の黒い眼の中には
『前兆』『予期』『葛藤』『衝動』『拗れ』の出現を確認
わたしの目の端が僅かに上がり、朱色に色づく
箱の中は『変わらないオブジェ』で溢れている
しかし私達に『選ばれたオブジェ』は『特別』であり『変化と変容するオブジェ』となる
その中で『一部分でも人の形』を有する『オブジェ』が稀に出現する
それこそ私たちが期待する『オブジェ』であり
記憶を辿る
ひとつ前は
[林檎の樹でできた頭部を持ち、山羊の身体に黄色い脂肪を纏い、鉄の馬に乗っていた]
その人は、大陸の一部を火の海、黒い焦土に変えた
その前は
[蓮の実と黄金の種を詰め込んだ熊の頭部を持つ人間の姿で、青銅の車椅子に乗り、二匹の首のない雄と雌の孔雀に引かれ]
その人は、大地を枯らし、何も生きられない、乾いた砂漠に変えた
その前の前は
[鉄球の頭を持つミノタウロス、吸盤にチップソーを重ねた銀の蛸の足を持って、水晶の城と、船底に鏡の迷宮を持つ船に乗り]
その人は、世界の一部だけでなく、海の底まで凍り付かせた
私の目元は痙攣し、赤みを増す
それから[硫黄で作られた少年が、鎖帷子を着て、石のパンを抱えている 足はまだセルロイドのペン軸]に
次々に『兆し』が現れ『変化と変容』していく
もうこれは『確定』ではないかと
私達はは期待していた
今は
[硫黄と塩が縞模様のように堆積し、去勢された男の体に、有刺鉄線の冠を被り、狼の頭を持った戦車に跨る
戦車の中には沢山の宝石と、沢山の豪華なハイヒールで埋め尽くされている]姿に変わっている
他のオブジェの確認作業中に
それは起きた
視界の端
ハッと
落ちた
視えた
[硫黄と塩が縞模様のように堆積し、去勢された男の体に、有刺鉄線の冠を被り、狼の頭を持った戦車に跨る
戦車の中には沢山の宝石と、沢山の豪華なハイヒールで埋め尽くされている]
が
落ちた
マジックで黒く塗りつぶした丸に
唐突に迎えた終わり
我々にはどうしようもない出来事、事象であり
板の前
私は
視線を宙に向けたまま
無意味に時間を消費する
しばらくして
足元の箱に目を向ける
私はまた、箱を転がし
溢れ、散らばったオブジェを見て
今度は
[小さく乾いた米]を一粒 選ぶ
じっくり、たっぷりと眺め
決めた
米粒を板の上に置き
前にマジックで書いた黒い丸が消えてることを確認
再び
マジックで黒い丸を六箇所、書き込む
今日がまた終わりつつある
次の七日間が始まる
そして七日後、この部屋に戻る
私はまた
扉の外へと出ていく
・・・
七日目間が 何度も過ぎていく
変わらぬ日々
自室にて
板の上の元[小さく乾いた米粒]を
ひたすら眺め 視る
[小さく乾いた米粒]だったものは
今では
[鷹の目を持った蛙の頭と、黒いスーツに赤いネクタイ、胸元にブラックボックスと、弾道ミサイルを飾り 両足は雲の中、ふわりと浮いてる]
一部が[人型]を有していることに 満足する
ここまでは
珍しくもあるが
ここからこそ
どうなるであろう
取り出したルーペで
[鷹の目を持った蛙の頭と、黒いスーツに赤いネクタイ、胸元にブラックボックスと、弾道ミサイルを飾り 両足は雲の中、ふわりと浮いてる]を覗く
レンズの向こうの世界
その[若く・爽やかな青年実業家]の目は
『不審』『眩む』『孤独』『歪』『約束』『狂気』と
順調に『色』を纏っている
しばらく眺め
そろそろ別のオブジェへと
[鷹の目を持った蛙の頭と、黒いスーツに赤いネクタイ、胸元にブラックボックスと、弾道ミサイルを飾り 両足は雲の中、ふわりと浮いてる]
姿を視つめたまま
目線を外そうとした瞬間
スルッと
それは、マジックで描いた黒い丸の中
落ちた
また 落ちた
落ちた
板の上を
しばらく
珍しく、少し半目になって見ていた
ふと時間が気になり
まだ今日という時間の残りが
余っている
しかし
箱を転がす気になれず
板から目を離そうとした瞬間
突然、部屋の中に眩い稲妻が走り
同時に『雷鳴と、植物が発する痛みと恐怖からの悲鳴』が響き渡る
私は[鐘楼]を見た
[鐘]が鳴っている!
もう一度、板の上に目線を戻す
変化は
ない
いや、
ありえない
視ているのに
何も変化しない
何も起きない
おかしい
しかし
何かが起きている
絶対に何かが変化し始めているはず
探す
探す
探す
ハッと
目の端に捉えた微妙な違和感
それに焦点を合わせる
マジックで描いた別の黒丸から
何かが現れた
それは
[ブラックボックスから映し出された宇宙船、その黒い箱から船首像のように飛び出た
鉄とプラチナが融合した背骨を露わに、放射性物質で満たされた隕石の盃と、三叉槍を持った人]
姿が現れた
これが
『妙』なのだと
歓喜
歓喜
歓喜
歓喜が私達に伝達していく
ここから七日おきに
『妙』が加速する
おそらく
地上どころではなく
星が滅びるだろう
我々にとって最高の『変化』を
それがようやく、久しぶりに観る事ができ
参加・体験できるのだ
巨大な重い門が
大きく開かれて
私達は門の外へ飛び出していく
今日は背中の荷物さえ軽く
「妙」の鐘の音が
世界に鳴り響いている
それは「雷鳴と、植物が発する痛みと恐怖からの悲鳴」
そこに我々の「歓喜」が混じり
さらに
これから人類に起こる事から誘発される
彼らの叫び声が重なるだろう
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