やはり「まき網漁業」に甘い水産庁~太平洋クロマグロの漁獲量配分に監視が必要⑭
「水産庁は、まき網漁業に甘いな」--そんな印象でした。大中型まき網漁業以外の漁業者の感想も同じでしょう。
まき網への増枠は停止して、沿岸漁業や近海はえ縄漁業(かつお・まぐろ漁業)への配分に回すべきだとする意見や要望が出されている中、水産庁は大臣許可の「大中型まき網漁業」への大型魚(30キログラム以上)漁獲量配分を14%増やす配分案を9日に東京都内で開催された太平洋クロマグロのTAC(漁獲可能量)設定に関する意見交換会で公表しました。
まき網への増枠見送り求める声
2010年代の太平洋クロマグロの資源悪化は、1990年代から小型魚(30キログラム未満)を日本の大中型まき網が大量に漁獲するようになったことが主な原因であるとする見方が科学者の間では定説になっています。
中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)では2015年に小型魚の漁獲量を2002-04年平均から50%削減することから漁獲制限をスタートさせました。その際、日本では、まき網による小型マグロ乱獲の被害者でもある沿岸漁業も漁獲量削減を求められていました。
沿岸の零細漁業者も小型魚をたくさんとっているからというわけですが、資源悪化を招いたのは大中型まき網による乱獲でしたから、本来保護されるべき立場の沿岸漁業者は不満でした。
ともあれ、漁獲制限開始から10年を経て、WCPFCでは漁獲可能量(TAC)を2025年から大型魚で現行比50%増、小型魚も規制開始後初めて10%増にするという合意が成立しました。
日本ではその配分にあたって、過去の経緯を踏まえれば当然のことということもできますが、まき網と同じ大臣許可漁業である近海はえ縄漁業団体や沿岸漁業者から「まき網への増枠は見送るべきだ」とする要望が出ていました。
2025年、まき網に大型魚14%増枠認める案
しかし、水産庁が9日公表した配分案では、大中型まき網への配分は小型魚では増枠ゼロで、現行の1200トンのまま据え置きとなりましたが、大型魚では14%を認める内容になっています。
まき網への大型魚の配分は現在3641トン、全体の58%もあるので、現行比14%程度の増加でも増加数量では473トンにもなります。
そもそも大型魚配分は、もともと2000トンもの配分を受けていた小型魚のうち550トンを大型魚に振り替えて膨らんでいたもので、最近の分はさらに1.47倍の換算率で増えています。沿岸漁業や近海はえ縄漁業(かつお・まぐろ漁業)と比べて大中型まき網の大型魚枠が突出して大きくなっている理由です。
配分の「ひな型」に瑕疵あり?
2015年の規制開始当初、小型魚の漁獲量は日本全体で4007トンに設定されましたが、そのうちの2000トンが大中型まき網、残り2007トンを定置網など沿岸漁業と大臣許可の近海はえ縄、大目流し網が共有するという形でした。
大中型まき網への配分がなぜ2000トンとなったのか、その理由について水産庁はこれまでに一度も説明をしていません。そもそも誰がその2000トン配分案の作成を指示したのかという基本的なことについても文書の記録に残っていないというのです。
1990年代以降、まき網の小型魚乱獲がマグロ資源に悪影響を与えたインパクトを考慮すれば、配分はもっと少なくてもいいという見方が当然出てきます。「沿岸より削減率は大きい」と水産庁は説明してきましたが、削減率を大きくするなら「1000トン」に減らすべきだとする意見もまき網と競合する西日本地区の沿岸の漁業団体から水産庁に届いていたはずです。
そうした機微な問題について記録に残さないということは通常ならあり得ません。行政の担当者は2、3年おきにかわりますから、引き継ぎのため政策決定の背景を記した文書が存在するはずです。
9日の説明会でははえ縄漁業団体の代表から「かつては、まき網とその他漁業の比率は1対3だった。1対1では沿岸漁業等に配慮しているとはいえない」という趣旨の発言が飛び出しました。
また、マグロを獲るどころか上限を突破しないよう大量のマグロ放流に追われて定置網漁業団体の代表からも、まき網に増枠を認めた配分案の修正を求める意見が出ました。
水産庁は「沿岸漁業等へは配分における配慮が行われている」として、最初に小型魚2000トンを大中型まき網に配分した問題にフタをしようとしてきた。しかし、その根拠は十分に議論しつくされたものではありません。今日まで漁業者の納得が得られないのは、配分のひな型に瑕疵があったからではないでしょうか。
「過少配分」の議論を避ける審議会
水産庁は2018年からの漁獲可能量(TAC)導入案をめぐって、沿岸漁業から激しい反発を受け、自民党も見直しを求めたため、水産政策審議会資源管理分科会のもとに「くろまぐろ部会」を設置しました。同年末にまとめた部会の意見がそれです。断定は避けているものの、もう「まき網は責任を果たしたじゃないか」というまき網業界の主張を容認する見解です。
しかし、その「くろまぐろ部会」は、2018年のTAC開始時に「かつお・まぐろ漁業」への大型魚配分が基準期間(2002-04年)対比で4分の1まで減らされたことに関しては口をつぐんでいるのです。
大中型まき網を擁護する一方で、はえ縄漁業を冷遇した水産庁の裁量の間違いから目を背けている「くろまぐろ部会」の委員らの見識が疑われてしかるべきだと筆者は思います。
水産政策審議会資源管理分科会では、配分とは別次元の資源評価用データ収集枠としての追加配分という珍妙な名目で「かつお・まぐろ漁業」への配分を実質的に修正する水産庁の姿勢を追認する学者委員が議論を主導し、配分をめぐる本質的な議論を避けました。
はえ縄漁業のクロマグロ漁獲データは資源状態を推計するのに貴重なデータであったのは間違いないのですが、枠を極端に絞って先獲り競争、欲しい時期のデータが獲れないという異常時代を招いた責任を水産庁はうやむやにしたかったのです。
資源評価用に必要なデータを獲るための枠は、商いとして行われる漁獲の配分とは別に議論すべき問題です。学者委員がそれをごちゃまぜにして、およそ研究者らしからぬ議論を展開していたことが当時の「くろまぐろ部会」の議事録を読めばわかります。
大中型まき網にはIQ未適用
まき網への甘さは個別漁獲割当(IQ)の導入の遅れにもはっきり表れています。200隻を超す近海はえ縄漁業には、国が直接漁船に漁獲量を割り当てるIQが2022年から実施されているのに、わずか44ケ統の大中型まき網はいまだIQを実施していないのです。
はえ縄では極端に配分が絞られて過当競争が起きていた時代に、「資源評価用のデータを安定的にとるにはIQが必要」という学者委員の発案で、大臣許可漁業の中でいち早くIQが適用されました。配分の基準をどうするか、十分に話し合う時間もないまま導入されたため、決定を不服とする審査請求や裁判が複数起こされています。
本来なら漁船数が少なく一隻当たりの漁獲量が圧倒的に多いまき網漁業からIQを導入するのが常識ですが、水産庁はいまだに大型魚の主漁場である太平洋側でのまき網漁業にIQを適用していません。
9日の説明会で、まき網を優遇するのは天下りが多いからではないかとする沿岸漁業者からの質問に対し、水産庁の魚谷敏紀資源管理部長は表情を引き締めて「水産庁はそのようなことはしません」と否定しました。
しかし、それではなぜここまでまき網業界の身勝手、気ままを許すのでしょう?
沿岸漁業やはえ縄漁業がもっと高い収入をあげられるようになって、若者の就業も増える産業になる道をふさいでいるように見えます。