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有識者検証会は農林中金の課題を検証できるだろうか?③小倉武一「借入は農協から」を読む
今回は少し歴史をさかのぼって、農業金融、農協系統信用事業の課題を紹介してみましょう。
1962年(昭和37年)10月5日付の日本農民新聞に小倉武一(元農林次官)さんの「借入は農協から」という随想が掲載されています。
小倉さんは政府税調会長を長く務めたことでも知られていますが、戦後の農地改革、高度成長期の「農業基本法制定」に関わった官僚で、退官後、アジア経済研究所長、日本銀行政策委員も務め、広い視点から農業改革の必要性を説き続けてきた知識人です。
当時、農協系統組織は「貯金は農協へ」というスローガンを掲げ、農協貯金の増大に励んでいました。
「農協の仕事も多々ある中に、何ゆえ村の農協はその事務所や倉庫に「貯金は農協へ」というスローガンを選んだのであろうか」
旅する汽車の窓からその文字板を眺めながら、小倉さんはこうつぶやくのでした。
高度経済成長の入り口にあった当時、貯金も貸付も順調に伸びていましたが、貸付の伸びが多少劣っていました。
余剰資金、農林中金から系統外貸付に
貯金が増え、農協系統での資金の自賄率が向上しているのに、その資金は農協の貸し出しに向かわず、農林中央金庫による系統外貸付に向かっている、という状況に小倉さんは納得いかなかったのです。
「農家の貯金のうち農協に対するものは、近年54%程度である。これに対して借入金のうち農協からのものは40%内外で上昇傾向にあるが、この中から国や県の利子補給損失補填などによるものを除くと、農協の自力による普通貸付は農家の借入金の25%でこの比率はほとんど近年変化がない」
「他方、成長農業部門、構造改善などに伴う資金需要や専門農協とその組合員に対する必要な貸出が必ずしも円滑におこなわれているというわけではない」
小倉さんは、そうした農業金融の実情を考えると、「貯金は農協へ」というよりも「借入は農協から」という方がよりよいのではないかと考えたのです。
「農協の金融機関的性格よりも預金吸収機関的性格によるのであろうか。借り入れは悪であり、貯金は徳であるという農家の性向の反映であろうか。『貯金は農協へ』という理念によって運営されている単協の信用事業が他の事業に比して収益性が高いことによるのであろうか。それとも単協の農家に対する貸付金利が農家の期待する水準からほど遠いからであろうか」
もちろん、小倉さんは原因をわかっていて、あえて農協系統組織と農水省に問いかけているのです。
集めるのは「貯金」でよいのか?
「せっかく単協に集まり、しかも比較的に資金コストの安い資金が充分活用されるよう検討されなくてはならない。また信用事業以外の経済事業の収益性の向上、組合そのものの規模なり系統の合理化の可能性も検討されなくてはならないであろう」
資金需要がないのにJAバンクが貯金を大量に集め、運用をほぼ一手に引き受ける農林中央金庫が国際分散投資に繰り返し失敗する姿をみれば、「借入は農協から」に対する努力や工夫が足りなかったことははっきりしています。
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