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疑惑の根源は10年前の恣意的な「まき網シェアかさ上げ」にあった~太平洋クロマグロの漁獲量配分に監視が必要⑰

 当コラムで繰り返し紹介してきたところですが、日本における太平洋クロマグロの漁獲量の割り振りは、2015年からの小型魚(30キログラム未満)の漁獲量制限から始まっています。

なぜ、まき網に小型魚2000トンの枠を配分したのか?


 日本は中西部まぐろ類委員会(WCPFC)で太平洋クロマグロの小型魚(30キログラム未満)の漁獲量を基準期間(2002-2004年)の平均漁獲量の50%以下に削減することを提案、他の参加国・地域にも同調を求めて、国際合意としました。マグロの最大消費国として資源保護にも率先して取り組む姿勢を示したかったのです。

 日本の場合、基準期間の平均漁獲実績は8015トンでしたから、2015年からの小型魚の漁獲可能量は4007トン以下となり、水産庁はそのうち2000トンを大中型まき網に、残り2007トンをその他の漁業に配分しました。

「まき網」への過大配分、10年で3000トン規模に


 基準期間の実績の半分以下に抑えるのはよいとして、4007トンを大中型まき網2000トンと「その他の漁業」2007トンに分けるのはどういう算式にも基づくものなのでしょうか?

 今回、当時の関係者に確認を求め、公表された漁獲データを再度、精査してみて、ようやく謎が解けました。

 結論をまずお伝えすると、水産庁は「近年の漁獲実績」として2012-2014年の太平洋クロマグロ小型魚の漁獲実績をもとにシェアをはじくべきところ、年平均およそ2000トンに相当するまき網漁業の漁獲実績データのみ実数をまるごと配分量として採用しました。

 その結果、まき網のシェアを事実上、大幅にかさ上げして配分した疑いがあるのです。大中型まき網漁業への小型魚漁獲量の年間221トンも過大に配分した疑いがあるのです。

2012-2014年の「まき網」の漁獲シェアは44%だった


 現在、小型魚の枠は1.47倍にして大型魚に振り替えることが可能になっていますから、まき網優遇は大型魚換算で年間300トン規模、10年間で3000トン規模に及んだとみることができます。

 以上は、とりあえず現時点における筆者による仮説、推定としておきます。しかし、内容はクロマグロ資源管理の関係者の皆様に広くお知らせし、情報提供や意見をいただきたいと思っています。

 事実誤認があればご指摘ください。ご批判も歓迎します。

あやふやな説明に終始していた水産庁


 「その他の漁業」には、近海はえ縄、大目流し網といった大臣許可漁業のほか、都道府県知事が所管する沿岸の定置網、一本釣り、小型はえ縄など「大中型まき網」を除くすべての漁業が含まれます。

 まき網に2000トンを与える一方、それ以外の漁業を「その他」扱いとして2007トンしか配分しなかった根拠について、水産庁は残念ながら今日に至るまであやふやな説明しかしておらず、そのことがこの10年余り、漁業者同士の対立、不信、分断を生んでいました。

 2000年代になって、クロマグロ資源の悪化が懸念されるようになったのは、1990年代に日本近海でまき網が小型魚を乱獲したことが原因であることは、ほぼ定説になっています。

 責任の大きさを考えれば、漁獲量削減にあたっては、大中型まき網がすべての責任を負ってもいいはずだという意見が沿岸漁業者などから沸き起こっていました。

「まき網のほうに我慢をしてもらう」は本当か?

 水産庁はそうした声を意識して、小型魚の漁獲量を半分にする過程で「沿岸漁業等より大中型まき網漁業の削減率を大きくした」と説明し、理解を求めようとしていました。

 例えば、2014年8月26日、大勢の漁業関係者を前に水産庁の神谷崇参事官(当時)はこう説明しています。

 「漁獲実績で、半々にということでしたけれども、まき網の2,000tと沿岸の2,007tというのは、これは削減率で見ますと、まき網が56%の削減、沿岸のほうが42%の削減ということですので、明らかにまき網のほうに我慢をしてもらうということで配慮はしているつもりでございます」

2014年8月26日開催の太平洋クロマグロの資源・養殖管理に関する全国会議議事要旨より抜粋

 2002-2004年の漁獲実績を基準に配分を考えたのなら、削減率の比較にも意味がありますが、実際はどうなのでしょうか?仮にそうであったとしても、資源悪化への責任の重さを考えれば、まき網の削減率が56%であってもまだ不十分とみることもできます。

 「まき網に我慢してもらっている」という説明は本当なのでしょうか?

既成事実化を強行した水産庁


 2014年3月に水産庁が設置した資源管理のあり方検討会(座長、櫻本和美東京海洋大学教授=当時)は、同年7月に議論の「とりまとめ」を公表しました。その中で、太平洋クロマグロ小型魚半減に取り組む方針とともに、その配分についても欄外の「注」に「まき網2000トン、その他漁業2007トン」と記されていました。

 しかし、ここでも配分の根拠に関する説明はありません。そもそも、議事録を見ても検討会では配分についてはまったく議論されていませんでした。

 筆者が調べてみたところ、検討会の事務局を担当する水産庁の職員が、検討会の座長や委員たちに断りもなく書き込んでいたということがわかりました。

 理由をしっかり説明することなく、このような形で偏った配分案の既成事実化を強行する行為は、決して褒められたものではありません。

近年の「漁業実態」をもとに配分?

 
 いったいなぜ、そんなことをしたのでしょうか。

 水産庁のナンバー2として会議にも出席していた香川謙二・元水産庁次長(日本かつお・まぐろ漁業協同組合組合長)に2024年末に面会して、この問題について質したところ、香川氏は当時の担当者から聞き取った内容として、以下のような趣旨の説明をしてくれました。

 「配分案は浜まわり説明会でも説明していた。検討会で配分問題は議論しなかったが、とりまとめにクロマグロ小型魚の漁獲を半分にすることが盛り込まれているので、配分についてすでに対外的に説明されていることを『注』に記したまでである」

 浜まわりの説明会で水産庁が漁業者に対して大中型まき網2000トン、その他漁業2007トンという配分案への理解と協力を求めたことは専門紙でも報道されており、間違いありません。資源管理のあり方検討会の事務局担当者にも一応の言い分はあったわけです。

 ではいったい、浜まわりではどのような説明をしていたのでしょうか。

「近年の漁業実態」という言い方で、漁獲実績によるシェア配分をごまかそうとした?

 当時の神谷崇参事官(のちの水産庁長官)らが財団法人東京水産振興会の機関誌「水産振興」(2017年2月発行の第590号)に寄稿した論文に、当時の浜まわりで使用した資料が掲げられていました。

 「単純に半減すると、まき網2273トン、その他漁業1735トンの合計4007トンとなるが、近年の漁業実態も踏まえ、まき網2000トン、その他漁業2007トンとした」

浜まわり説明資料抜粋

「近年」とはいつのことなのか?


 この資料には「近年の漁業実態」を踏まえて決定したとあります。

 「単純に半減すると、まき網2273トン、その他1735トン」になるというのは地中西部太平洋まぐろ類委員会が資源管理の基準として採用している2002-2004年の実績をもとにした場合に成り立つ説明です。

 しかし、水産庁は「近年」とはいつのことか、はっきりした説明を避けています。

 そもそも「近年の漁業実態」という表現には、いかがわしさが漂います。ふつうなら漁獲割当や配分の根拠として採用される「漁獲実績」という表現を使うはずです。

 現に同じ浜まわり資料で「近年の漁獲実績」と説明した資料もあります。漁業実態という言い方も混在します。配分の根拠について、水産庁にはよほど知られたくない、説明を避け、ごまかしておきたい事情があったのだと想像できるのです。

「まき網2000トン」は2012-2014年実績に該当

 私の見立てはこうです。

はじめに「まき網2000トン」ありき

 水産庁が公表している太平洋クロマグロ漁獲データから計算すると、2012年から2014年までの3年間のまき網漁業による小型魚の漁獲量は年間平均1997トンです。

 大中型まき網への配分を「2000トン」とした根拠はここにあるのでしょう。

 漁業種類、漁業者ごとに漁獲量を配分する際、過去の実績を基準にするのは一般的な方法ですが、総量を配分する際の比率(シェア)を算出することが目的です。

 シェアではなく、特定の漁業のみ実数を採用するやり方は、ふつうではありえません。

まき網とは事前に配分量を合意か?

  
 さらに異様なのは、将来の漁獲見込みまで取り込んでいるところです。

 水産庁が全国およそ50カ所での浜まわりの説明会を開始したのは2014年3月からです。2014年の漁期は始まったばかりですから、同年の実績は把握できません。

 筆者が思うに、当該年を含む3年分の実績を平均2000トン以下に収めるよう水産庁と大中型まき網業界は話し合ったのだと思います。

 まだ、全国まき網漁業協会の相沢英之会長(故人)が健在の頃、相沢会長にまき網への過大配分の問題について取材しました。「小型魚2000トンの枠は、まき網業界が要望したものか?」という問いに関しては、当時、事務局を通して「まき網業界からは要望していない」と回答がありました。

平均2000トンへ漁獲量を大幅増

 全まきの回答を信じれば、水産庁がまき網業界に配慮して、優遇したことになります。

水産庁はまき網に小型魚漁獲を減らすよう指導していたが、実質青天井に近い状態だった

 参考までにお伝えしておくと、2014年以前の大中型まき網による小型魚の漁獲上限は水産庁による行政指導で設定されていましたが、2013年までは年間5000トン、2014年は4250トンの水準でした。

 資源悪化の影響でまき網による漁獲も低迷し、小型魚漁獲量は2012年1592トン、2013年989.8トン、2014年が3409トンで、行政指導の枠はあっても青天井のような状態でした。

 事実上、沿岸漁業などその他の漁業と同じように天井を意識することなく操業していたので、実力比較やシェア配分の算定基礎としても申し分ないはずです。

 2014年の小型魚の漁獲量は前年の3倍以上になっていますが、2000トン枠を保証するという水産庁に恥をかかせまいと、まき網業界は小型魚を一生懸命獲り、平均漁獲量を2000トン弱の水準に持って行ったのではないでしょうか。

まき網向け配分は本来なら35%止まり

 その2年分だけなら合計漁獲量は2582トン弱、年平均1291トンに過ぎませんでした。漁獲シェアならわずか35%です。これが通常の漁獲量配分のあり方です。

 シェア通りに年間4007トンという2015年からの漁獲可能量を配分するなら、大中型まき網向けは4007トンのうち1398トンあればよいはずでした。

直近の実績値2年分で見れば、まき網のシェアは35%弱だった

 そのように整理してみると、まき網に「我慢」を求めたというのは真っ赤なウソで、まき網を「優遇」した事実が浮かび上がってきます。

 大中型まき網が小型魚の漁獲を3倍に増やした2014年の実績を除外して、実績が確定した2012-2013年分をもとにした配分なら大中型まき網は小型魚ベースで年間約600トン、大型魚に換算すれば同900トン近く、漁獲量の過大配分を受けていたとみることができます。

 いったいどこに「我慢」のあとがみられるのか、水産庁にはしっかり説明してもらいたいと思います。



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