議事録に見る学者委員のあやしい見識~太平洋クロマグロの漁獲量配分に監視が必要⑮
太平洋クロマグロの漁獲可能量(TAC)配分の考え方を議論しているのは水産政策審議会資源管理分科会の「くろまぐろ部会」ですが、中立とされる学者委員の中には経済の専門家は不在です。
専門家不在で進む経済的利害の調整
学者だけでは、漁業の実態がよくわからないだろうということで、まき網漁業、定置網漁業の代表も委員として「くろまぐろ部会」に参加しています。しかし、経済的利害が絡む問題を交通整理できるエキスパートが審議会委員にも事務局の水産庁にもいないということは、漁業者たちにとって気の毒なことだと思います。
漁業者にとって資源の次に重要な収入や採算ということに着目して、判断を下せる人がいないわけですから、相対立する漁業者が妥協しあえる一致点が見いだせないでいるのです。
太平洋クロマグロ資源状態はすでに国際機関の科学者が提示し、国際交渉で合意された国別の漁獲可能量が動かぬものとして提示されています。屋上屋を重ねるような学者委員の顔ぶれは限られた数の委員枠の無駄遣いになりかねません。
経済的利害を理路整然と調整できる委員がいないことで、「くろまぐろ部会」では、ずいぶんとあやふやで大雑把な議論がまかり通っています。学者委員らも配分問題は専門外ですから、その意見はほとんど素人と変わらないのです。
「まき網」批判が目立つのは・・・
例えば、2025年からの増枠を前提として、今年9月、およそ3年ぶりに再会された「くろまぐろ部会」の第10回議事録から抜粋しましょう。
3人いる学者委員のひとり、福井県立大学の東村玲子海洋生物資源学部准教授の発言です。文中に出てくる青木健治氏は北部太平洋まき網漁業協同組合連合会代表監事、まき網漁業の業界代表です。
このやり取りは、筆者も会場で傍聴していたのですが、思わず苦笑してしまいました。まき網業界代表の青木委員もご苦労様でした。
「意見の数で見ると圧倒的に沿岸の方が多いですけれども、そして、まき網の方はすごく少ないですけれども、これは多数決で見たら物すごい誤解が生じる」とわざわざ指摘し、議事録に必ず記載するよう念を押す東村委員には、そんなことをいうためにわざわざ北陸から東京まで出張してきてお疲れさまとしか言いようがありません。
過去の大中型まき網による小型マグロの乱獲責任や漁獲制限開始当初における枠配分の偏りなど、国際機関の資料やデータも示しながら議論する漁業者もいる中、学者と呼ぶには情緒的、素朴すぎる意見だと思います。
別の学者委員、東京大学大気海洋研究所の木村伸吾教授はこんな発言をしています。
第10回くろまぐろ部会には、今年8月に水産庁が全国5カ所で開催したブロック説明会での漁業者らとの意見交換の内容をほぼそのまま記録した議事録と、主な意見を要約し、整理した資料も提出されていました。木村氏が参照したのは200枚を超す議事録ではなく、わずか9枚の要約資料です。
「CPUがいいのになぜ不満なのか」と問う東大教授
正直なのか、無関心なのか、木村委員は漁業者が水産庁との意見交換で報告したクロマグロ漁業の実情について「わからない」と言い、わかろうとするととてつもない時間がかかるから、わからないまま議論する、と宣言しているのです。
そして、漁業者が現場での実情を伝える発言も「漁業者さんサイドによる一方的な意見」と切り捨てるかのような態度です。
私は5回の説明会のうち4回の説明会に会場もしくはオンラインで参加しました。まき網、釣り、定置、さらには遊漁まで現場での実情、そしてそれを踏まえた意見、提言が活発になされていて、クロマグロ資源管理をめぐる論点を理解するのに非常に役立ちました。
それは議事録を読むだけでも追体験できるはずです。木村氏の発言を会場で聞いていて、「横着をしないで、委員ならせめて議事録を全文読んでから審議に参加してはどうか」と思いました。
木村委員は発言を聞く限り、漁獲量は制限されているのにかつてないほどクロマグロが海にあふれていて、その対処にほとんどの漁業者が困っていること、つまり「獲りたくなくても獲れてしまう」という現実に漁業者が翻弄されていることには興味がなさそうです。
過去の資源管理分科会での発言などを聞く限り、彼は近海はえ縄を含めてクロマグロ漁業の実情をしっかり勉強したことがないと見受けました。
水産政策審議会委員にも経済学者を
漁業者らが伝える現場の実情を、委員たちに丁寧に説明する時間を惜しみ、性急に結論をまとめようとする水産庁の姿勢にも問題はあるでしょう。しかし、実情もわからないのに意見を言われるのは漁業者にとっても迷惑となりかねません。木村委員のような研究者は、漁業者の収入に直結する問題を扱う審議会の委員としてふさわしいのでしょうか?
ところで、先に紹介した東村委員はこんな発言もしています。
配分のさじ加減ひとつで、廃業、倒産のリスクにさらされている漁業者の気持ちを思うと、漁獲量の配分という難しい仕事にあたるにふさわしい委員たちを選びなおす必要がありそうです。
少なくとも木村、東村両委員のうち、どちらかに自発的に委員を退いていただいて、配分のあり方について見識の深い経済学者を水産庁が選任することが日々海で汗を流す漁業者のためになるのではないでしょうか?長い間、経済記者として経験を積んできた私はそう思います。