昭和が懐かしい、大勲位・中曽根康弘元首相逝く
中曽根康弘さんが亡くなられました。
民活、日韓経済協力、不沈空母、行革(暴れ馬)、電電公社・国鉄民営化、プラザ合意、円高差益還元、ウルグアイラウンド、売上税、リクルート事件、もっとたくさんありそうですが、列挙すれば首相の在任期間だけやたら長い安倍内閣の業績はその足元にも及ばない気がします。
1、ブレーンたちが一流揃いだった(安倍さんは「クセのある人」もしくは三流ばかり集めている)
2、異論にも意外と寛容だった(後藤田正晴さんと一緒に仕事をした)
3、政治家としての目標をしっかりと持っていた(戦後政治の総決算!安倍さんの「保守」がfakeにみえる)
私は、中曽根政権の農政改革を取材しました。食糧管理制度の改革、農協改革などが焦点でした。細かなことは閣僚に任せ、時々国会答弁でクギを指すスタイルでした。生産者米価を下げようと農相と自民党に二晩も徹夜折衝させたものです。
商業捕鯨の撤退や林野庁(国有林)の大リストラも中曽根内閣の頃で、農相も記者も休むまもなく仕事をさせられました。バブル景気が始まり、どこもかしこも本当に大忙しでした。
大臣たちを働かせ、確実に改革を成功させました。数少ない成果を自分の手柄として宣伝したがる安倍さんとの違いは大きいですね(〃ω〃)
原子力の平和利用というものもこの方が推進役でした。ソ連のチェルノブイリ原発が壊れて事故を起こしたり、冷戦終結で不要になった核弾頭のプルトニウム処理が課題になったりした時も中曽根さんの世界平和研究所が様々な政策提言を行いました。
非核保有国なのに欧米の核問題専門家を東京に呼び集める力が当時の日本にはありました。その頃、立ち話でしたが、中曽根さんに初めて直接お話を聞かせていただく機会がありました。
元気な姿をお見かけしたのは、数年前、憲政記念館で開かれたはぐれガラス、亀井静香代議士の励ます会での来賓挨拶。15分間、壇上に立って演説されていました。義理人情に厚いところもおありでした。
昭和が懐かしい。
ご冥福を祈ります。
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