霧の街の影 第4章
第4章:疑惑の住人たち
霧の町に来てから数日が経過した。透は、町の住人たちとの接触を重ねるうちに、次第に町の不気味な雰囲気に馴染んでいくのと同時に、その暗黙のルールや不自然な沈黙がどこか恐ろしいものに思えてきた。
村田から聞いたように、町の人々は霧の祭りについてほとんど語ろうとしない。だが、透は祭りの情報を少しでも掴もうと、毎日のように町を歩き回り、住民に話を聞いて回った。その中で特に目を引いたのが、町の医師である久保田だ。久保田は見た目こそ普通の中年男性だが、どこか謎めいた雰囲気を纏っていた。
久保田の診療所は町の西端にあり、古びた建物だった。診療所の中に入ると、穏やかな表情の久保田が患者の診察をしている最中だったが、透が入ってきたことに気づくと、すぐに手を休めて透に向き直った。
「おや、君はまた来たのか。何か具合が悪いのか?」久保田は、透を見つめながら少し驚いたような表情を浮かべた。
「いいえ、体調は問題ありません。ただ、町のことを少しお聞きしたいんです。」透は言葉を選びながら答えた。
久保田はしばらく黙って透を見つめた後、診察室の隅にあった椅子を指して言った。「座って話してごらん。町のことなら、あまり語りたくないことが多いけれど、君がそんなに興味を持っているのなら仕方ない。」
透は椅子に座り、久保田が手にしていたカルテを置いてから、ゆっくりと話し始めた。
「霧の祭りについて、何か知っていることはありませんか?」
久保田はその言葉に、まるで音を立てて表情が固まったように見えた。しばらく無言で透を見つめた後、彼は小さなため息をつき、静かに答えた。
「霧の祭りは、町の歴史と切っても切り離せないものだ。しかし、それについては語ることができない。」久保田は言葉を続ける前に、再度周囲を見渡し、透が座っている場所から視線を逸らさないように注意深く言った。「祭りには、町に住むすべての者が参加しなければならないというわけではない。だが、参加した者は決して戻らない。」
透はその言葉に驚き、さらに深掘りしたいと思ったが、久保田の沈黙を感じ取って、少し間を空けてから再び質問を続けた。
「参加した者が戻らない……それは、どういう意味ですか?」
久保田は答えず、ただ窓の外を見つめていた。透はその沈黙に耐えながら、さらに言葉を続けた。
「私の兄も、霧の祭りの前に失踪しました。彼も、祭りに何か関係しているのでしょうか?」
久保田は再び振り返り、透を見つめた。その目には何かを隠しきれないような鋭い光が宿っていた。
「君の兄……修一が関わっていたとすれば、それは…恐ろしいことだ。」久保田は重く、しかしはっきりと答えた。「修一が祭りに関与していた可能性は非常に高い。だが、君がその先を知ろうとしても、後悔することになるだろう。」
透はその言葉を胸に刻みながらも、決して引き下がらなかった。
「後悔をする覚悟はできています。どうしても兄を探し出さなければなりません。」透は強い意志を込めて言った。
久保田はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「祭りに参加することが、その人を変えてしまう。君の兄も、祭りに参加して何かを見てしまったのかもしれない。それが、彼の行方を追うために君が追わねばならない道だ。しかし、君が踏み込むべきではない場所がある。」久保田は目を伏せると、透をじっと見据えた。
透はその言葉を咀嚼しながら、もう一度確認した。
「見てしまったものとは?」
久保田はそれに答えることなく、静かに立ち上がり、診療所の扉に向かった。
「それ以上は言えない。君がその先を知りたいのであれば、祭りの日に来ることだ。」久保田はそう言うと、再び診療所の奥へと消えていった。
透はしばらくその場に座ったまま動けなかった。久保田の言葉が頭の中で渦巻き、次第に胸の中に重くのしかかっていくのを感じた。修一が何を見たのか、そして祭りに何が潜んでいるのか―透はその真実に迫る覚悟を決めると、再び町の広場へと向かうことにした。
広場に着いた時、透はふと目を引く人物に気づいた。宿屋の女将、加藤静香が立っているのを見かけたのだ。彼女は、透に気づくと、軽く会釈をしながら歩み寄ってきた。
「透さん、お久しぶりですね。」加藤はにっこりと笑いながら声をかけてきた。
「加藤さん、お久しぶりです。」透は少し驚きながらも、軽く挨拶を返した。「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが。」
「もちろん、どうぞ。何でも聞いてください。」加藤は親しげに答えた。
透は少し間を置いてから、加藤に尋ねた。
「霧の祭りについて、何かご存知ですか?」
加藤はその言葉を聞くと、少し表情を曇らせた。ほんの一瞬、見せかけの笑顔が消え、代わりに重苦しい沈黙が広がった。
「祭りですか……」加藤は目を伏せながらつぶやいた。「祭りのことは、町の人々が一番恐れていることです。誰も話したがりませんから、何も言えないんですよ。」
透はその答えに感づいた。「それは、何か隠していることがあるということですか?」
加藤は一瞬目を合わせた後、少し笑顔を浮かべて言った。
「おそらく、何かがあるのでしょう。でも、それを知ることであなたがどうなるか、私にはわかりません。」
透はその言葉を心に刻み、再び霧の深い町の中へ足を踏み入れていった。祭りが迫る中で、確信を得るために――そして、兄の行方を突き止めるために。
第4章 完