霧の街の影 (第1章)(1/44)
第1章:霧の町への旅立ち
町を包む霧はいつも、朝だけに限らず、昼夜を問わず立ち込めることが多いのだという。そのため、あの小さな町には「霧の町」という不気味な異名がつけられていた。
俺 -深町透(ふかまち とおる)が、その町に行くと決めたのは、兄の修一が失踪してから数週間が経ってのことだった。大学を出た後も地元に残って勤めに出ていた修一は、ある日突然、自分探しの旅に出るといって家を離れた。それから二ヶ月余り、何の音沙汰もなかった。
「修一は気まぐれな性格だったけど、こんなにも連絡を絶つなんておかしい」
兄のことをよく知る親友や家族は、いつもそう言って心配していた。兄とは離れて暮らしていた俺も、最初は気長に待っていようと思っていたが、兄の行方がわからなくなってからというもの、胸の内がざわざわと落ち着かなくなってきていた。
そんな時、大学時代の友人に久々に会う機会があり、俺は彼に何気なく兄のことを話してみた。すると、その友人が口にしたのが、「霧の町」という場所だった。
「お前の兄貴、まだ見つからないのか?」
俺はカフェのテーブル越しに友人と向き合い、重くうなずいた。コーヒーの湯気の向こうで、彼が何かを言いかけて少し迷った様子を見せる。
「実は……お前にはまだ話してなかったが、霧の町って知ってるか?」
聞き慣れない名前に、俺は少し首をかしげた。
「霧の町?いや、聞いたことはない。何か特別な場所なのか?」
友人はコーヒーをすすりながら、少し口ごもるように話し出した。
「あそこは毎朝霧が立ちこめて、町全体が薄暗い霧に覆われるんだ。そこに行くと、なんだか妙な感じがするって話でさ。俺も行ったことはないが、噂は聞いたことがある」
「噂って?」
「うーん……なんというか、人が変わってしまうとか、消えてしまうとか、そんな話だな。まあ、ただの噂かもしれないが、お前の兄貴の失踪がその町に関係してるんじゃないかって思ってな」
その話を聞いたとき、背中に冷たいものが走るのを感じた。兄がそんな場所に行く理由があるのかどうかはわからないが、奇妙な話が何かの手がかりになるかもしれないという直感が働いた。
数日後、透は霧の町に向かうことを決意し、汽車に乗り込んだ。
町へ向かう電車は数時間ごとに数本だけ運行されている。乗り込んだ車内は古めかしい雰囲気で、木製の椅子に座っていると、現実から少し離れたような感覚が広がっていく。
俺は、兄がこの町にいるという確証もないまま、ただ唯一の手がかりを頼りに向かっていた。途中、ふと周囲を見回すと、乗客は少なく、老人と観光客らしき数人がいるだけだった。
「霧の町に行くんですか?」
隣の席に座っていた老婦人が話しかけてきた。驚いて振り向くと、彼女はしわがれた笑みを浮かべて俺を見つめている。
「ええ……少し、探し物がありまして」
俺が答えると、老婦人は頷きながら言った。
「気をつけるといいわ。霧の町は、よそ者には少しばかり冷たいからね」
彼女の言葉には奇妙な響きがあった。これまで霧の町について話した人々の言葉には、何かしらの警戒心や、不気味な雰囲気がまとわりついているように感じられる。
数時間後、電車は町の小さな駅に到着した。駅舎は古びていて、レンガ造りの建物が薄暗い霧に包まれている。その瞬間、冷たい空気が体を包み込み、思わず身震いする。
「兄貴、本当にここにいるんだろうか……」
俺は深く息を吸い込み、駅の出口に向かって歩き出した。駅から出ると、霧に霞む小道が町の中心に向かって伸びている。その先にある町の景色は、どこか現実離れした静寂が漂っていた。
町で出会った探偵・星崎との初対面
町に着いて早々、俺は宿を取るために近くの宿屋を訪ねることにした。重厚な木のドアを押して入ると、カウンターには小柄な男性が立っていた。その男性がこちらを見つめると、すぐに歩み寄ってくる。
「泊まりかい?珍しいね、この時期に」
その男性は、地元の探偵・星崎(ほしざき)だった。彼はすぐに、俺がこの町の外から来たよそ者であることを察し、俺が探しているものについて少しずつ聞き出そうとするような様子を見せた。
「この町に来る人は、何か探しているか、逃げてきたか、どちらかだ。それがこの町のしきたりってもんさ」
星崎の言葉に、俺は少し警戒心を抱いたが、思い切って兄のことを打ち明けた。
「兄が……ここにいるかもしれないんです。修一という名前ですが、ご存知ですか?」
星崎は一瞬、眉をひそめて考え込んだが、やがて「少し、話があるな」と言って俺を近くの酒場に誘った。
酒場の暗がりの中、星崎は町の過去や噂について少しずつ語り始めた。町では毎年、霧が最も濃くなる季節に必ずと言っていいほど人が失踪するのだという。そして、そのたびに町の人々はそれが自然なことのように受け入れているらしい。
「だが、もし君が本気で兄貴を探すつもりなら、この町のいくつかの場所を知っておいたほうがいい」
その日、星崎から教えられた町の地図を手に、俺は一人、町を探索することを決意するのだった。
第一章 完
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