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手話指導で無意識に意識しているコト(マンツーマンVer.)

:マンツーマン手話指導をはじめるまで

初期の手話cafeを担当する少し前。
2015年冬頃?から、とあるお店の一室をお借りし、
少人数むけに入門手話講座をはじめて、
もう4、5年。それも朝の7時から。
当時は東京で”朝活”が流行っていましたもので、
それに便乗…。
寝坊することしばしば…(苦笑)でしたが、
この頃から少し朝慣れしてきたはず…
と自分に言い聞かせています。(笑)
講座の後は受講生たちと、
軽くモーニングを済ませては解散の繰り返し。

「…うーん、講座だけではもったいないよなあ…」

知人の後押しもあって、手話cafeを開催。
その後、手話cafe参加者からご要望をいただき、
マンツーマンでも手話指導させて
いただくようになりました。

カリキュラム形式入門講座
(カルチャーセンター講座)も
担当させていただいておりますが、
それについての話は、また別紙に譲るとして、
今回はマンツーマン形式の手話指導に
比重をおいてみようと思います。

:ひとりひとりが”正解”!

マンツーマン形式での手話指導は、
受講生に合わせるスタイルとなっているので、
基本的に、予め教える内容を準備することは
まずありません。
(日本語文を手話翻訳する場合は
 事前に準備します。)

だからと言って、何もしないわけではなく、
指導に備えて、時事ネタ収集はもちろんのこと、
NHK手話ニュースやYouTubeを介して、
いろんな方の手話表現を見ておくようにしています。

というのは、
わたしは、
手話使用者ひとりひとりの表現は”正解”そのもの
と思っているからです。

「え、その表現なの?ろう者からは、
 別の表現で教わったんだけど?」

というコエはよく目にします。
いえいえ、その表現を否定するつもりはありません。
そのろう者の方にとっては、
正解”の手話なのですから。
その方の生活(生育)環境で使われていたコトバ
なので、
「そういう手話表現もあるんですねえ。」と、
真っ向から否定はせず、勉強のひとつとして、
一つずつ参考にしていっています。

とはいえ、「りんご」のことを指すのに、
「みかん」と表すような単語レベルでの
間違いは訂正します。
あくまでも、

”似たような微妙な意味合いの範囲内”
つまり
”似たようなニュアンスの範囲内”

での異なる表現であれば許容範囲内だと思うのです。
他地域の方言を、よっぽどのことがない限り、
言い直させるなんてことはほぼないのと
似た感じですね。

以降、「ニュアンス」を多用しますので、
一度意味を整理しておくことにします。

『ニュアンス(nuance)』
フランス語で”陰”の意。
(① 色彩や音色の微妙な差異)
② 言外に表された話し手の意図

ここでは②の意味合いで使っていきます。
年齢や土地柄によっては手話表現が異なることも多々あります
話し手としての意図(ニュアンス)が似ているにも関わらずに。

結構、そのあたりの習得が
難しいところではありますが、
いったん、その地域ならでの
(方言的な)手話表現を少しでも覚えては
使いこなせてしまえば、
その地域の方とのココロの距離がグッと縮まるのは
言うまでもありません〜。

その上で様々な手話表現の持つ、
独特のニュアンスを理解できるようになれば、
いろんな方とのコミュニケーションを
とりやすくなる事、請け合い!
ニュアンスの理解で地域・世代の壁をも超えられそうな気がします

:会話での”反復”でニュアンスを深化(進化)!

受講生共通のお悩みとして、一番多いのは、

「どうやったら手話が上手になりますか?」。

他言語の語学法と同じだと思うのですが、
やはりコトバであるからには、反復がキーワード。

今のわたし自身の課題ではありますが、
なるべくひとつの話題の中で話を広げつつ、
別の話題に飛びすぎない
ようにする。

そうすると、同じ手話表現が
出てき(表し)やすくなり、
その手話表現が持つ、ニュアンスの幅
生まれやすくなると思うのです。
(意味が1つしかない「東京」「笠井」などの
 ”固有”名詞は除く)

例えば”幸せ”という手話表現。
「宝くじが当たって、”幸せ”」
「つらい登山を成し遂げ、絶景を見渡せて、”幸せ”」
「大好きなプリンを一口食べて、”幸せ”」

手話表現は同じであっても、
便宜上、日本語に直して考えてみると、
「嬉しい」「充足(達成)感」
「(おいしくて)いい気持ち」
という異なるニュアンスにもなり得ます。
意味の多い、抽象的な「幸せ」より意味が絞られた、
(比較的)具体的なニュアンスにまで深める。
と、言った感じでしょうか。

:全体や流れからニュアンスを感じとる

なので、手話辞書のような、

【 1つの手話表現 = 1つの日本語単語 】

という暗黙の了解ならぬ暗黙の公式。
相手や状況によっては、
この公式は必ずしも成立しない
ことがあります。
年齢や土地柄によって手話表現はもとより、
ニュアンスも異なってくる可能性があるからです。

そういう意味では、
ひとつひとつの手話表現を切り取っては、
直接日本語に対応させるのではなく、
全体を取り巻く背景・状況、全体の流れから、
”ニュアンス”を感じ取って(察して)もらいたい

なぁと思います。

「ああ、なんとなくこう言うことを言い(伝え)たいのかなあ」
と背景・文脈も含めて考え(察し)ようとする
意識をお持ちの方ほど、
上達が早いように見受けられます。

「手の指だけでなく、表情や身振りにも目を向けて!」

といったことをろう者の方がよく話されるのは、

体全体(表情・身振り)からも発せられる、
音なきニュアンスも感じ取ってほしい!

という想いもあるからなのかもしれません。
(私も同感です。)

そうなると、
きこえる方にとってなじみのある
音声言語(”抽象”)寄りな日本語よりも
ニュアンスはどこか”具体”寄り
でさえあり、
”手話は難しい…”と
感じてしまいやすい一つのゆえん、
なのかもしれませんね。

そういうことからも、
辞書単語はかなり抽象的なので、
絶対的な”答え”ではなくあくまで相対的な”参考”
通じるかもしれないが、通じないかもしれない。

そのくらいの認識に留めておく方が、
戸惑い(振り回され)、
ストレスを感じにくくなるのかもしれませんね。

:話者と自分との重なりを目指す

そういう意味でも、手話を学びたてのうちは、
まだニュアンスに対する感受性が高いので、
(手話と日本語との結びつきが
 まだ柔らかい段階なので、)
講座のスタイルによりますが、
ほぼ一斉指導(単方向)型の講座よりは、
双方向型のマンツーマン形式が
より適しているのかなと、
私自身、思うようになってきています。

趣味や普段の生活など、(受講生の立場から見て)
より身近なこともテーマに、
やりとりさせていただいているので、
受講生の実体験からくる”体感覚”をベースにした
ハナシを手話で表していただき、
それに対して講師が返していくわけですから、
手話のニュアンスも掴みやすくなるのでは、
と思っています。
しかし、ひとりの講師が繰り出せるニュアンスには限りがあります

本当の手話上達法は、シンプルですが、

いろんなろう者の方と直にふれあっていく。
その都度、いろんな手話表現のニュアンスを吸収していく。

これに尽きます。
「うーん、ワタシ、手話まだまだだし、
 上手くなってから会話を……」
というコエが出てきそうですが、、、
ぜひ果敢に、ひとりでも多くのろう者と、少しでもいいので、ふれあっていただきたく思っております。

もちろん、手話を使う人が増えて欲しいと
思っている我々きこえない当事者側も、
そのための場づくりなど
それなりの努力が必要になってきますが…。

もちろん、指導側もたくさんのろう者と
交流しては手話のニュアンスを
吸収していく必要があります。
そうすれば、自分の中に様々なろう者を重ねる
ことができ、たくさんのニュアンスをもとに、
たくさんの例文でもって説明が
しやすくなるというものです。

ちなみに、私は直接(すぐに)答えを教えないようにしています
なるたけ多くの例文でもって、背景からも
ニュアンスをも感じ取ってほしいからです。
手話表現とニュアンスがうまく結びついた時の
快感から来る、受講生さんの恍惚の笑みは
たまりません。笑

ニュアンスを深めるには、やはり、

話者と似た(同じ)経験・知識を自分も持っていること
また、
話者と同じ時間と空間と感情を共有していること

が大前提だと思うのです。
ざっくり言えば”イメージのしやすさ”の要素ですね。

動画でも手話を学べるとは思いますが、
その手話動画に出てくるハナシの内容について
自分自身が、どれだけの経験(時間と空間と感情)を
体験してきたかどうか。
もっと言えば、
その手話話者と自分自身をどれだけ重ねられるか。
それによってニュアンスの掴みやすさが左右するおそれはあります。

これは意外に見落とされがちな
重要なことだと思うのです。
技術うんぬん以前の問題だとも思うのです。

同じ時空間を濃く共有しやすい会話形式の
マンツーマン手話指導の中で、
自分とは異なる手話表現であっても、
ニュアンスが合っていれば、
基本的に否定はせずにいち参考として尊重しつつ、
様々な実生活に密接した背景をベースにした例文でもって
ニュアンスを広げつつ深めてもいけるよう
にと
意識しています。

(話が違う!となったら、
 その都度、ご指摘ください。笑)

ああ、幾星霜。

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