ヤマネコの歌
袖無かさね
ねえ、ママはそういうこと、ない?
誰かが話してたり歌ってたりする声を聞いて、これ、私の声だ、って思うの。誰かの話し声とか、テレビの歌とか。
そんなこと、ない?
私はね、時々あるの。あ、そういえば、前に石黒先生に言われたことあったな。
「目が大きいなぁ。猫みたいだ。」
って。私は猫より犬派だから、嫌でもないけどべつに嬉しくもなくて、すっかり忘れてた。
あのね、今日、学校の帰り道、公園の入り口で猫に会ったの。その猫が私の目を見て、
「にゃぁ。」
って鳴いて、その時思ったの。あ、私の声だ、って。で、すぐに、え、なんで、猫だよ?って。そうしたら、その猫がちょっと怒って言い返してきたの。
「にゃぁ。」
アタイは猫じゃないわ、ヤマネコよ。
もー、びっくり。猫とヤマネコってどう違うの。っていうか、今、「にゃぁ。」って鳴いただけなのに、なんで私、この猫の言ってることが分かったの?
「にゃぁ。」
だって、アタイは、アンタだから。
だから私、あわてて走って帰ってきたの。ねえママ、明日もあの猫に会えるかなあ。
会えるんじゃない?って、ママは笑った。
火曜日の帰り道、公園をのぞいてみたらまたあの猫が出てきた。わー、また会えちゃった。猫が私の足にすり寄ってきたから、私は頭をなでてみた。ふうん、犬もいいけど、猫も可愛いな。
「にゃぁ!」
だから、アタイは猫じゃない、ヤ、マ、ネ、コ!
猫は怒ってどこかへ行ってしまった。
水曜日も、私は公園の入り口をのぞいてみた。あ、猫、いた!いや違う、えーと。
「こんにちは、ヤマネコさん。」
「にゃぁ。」
おかえり。
私は、試しに鳴いてみた。
「にゃぁ。」
ヤマネコさんも、答えた。
「にゃぁ。」
やっぱり同じ声。
「ねえ、猫とヤマネコって、どう違うの?」
「にゃぁ。」
違うでしょ、言葉も響きも。
「たしかに、ヤマネコ、の方がかっこいい。」
「にゃにゃ、にゃぁ。」
そうよ、ただの猫じゃあ、ワクワクしないじゃない。ヤマネコ、って、なんだかワクワクするじゃない。
ヤマネコさんは、満足そうに尻尾をくるん、とゆらした。
「それだけ?」
「にゃぁ。」
そ。それだけ。
私とヤマネコさんは、顔を見合わせて、笑った。ん?猫って笑う?でも、ヤマネコさんなら、笑っても不思議じゃない気がした。
私たちは、また明日公園で会おうね、って約束した。
木曜日、返されたテストの点数が悪かった。あーあ。私はトボトボと公園に行った。ヤマネコさんは、茂みの下に丸くなってじっとしてた。
「にゃぁ。」
ほんと、気が重いったら。
それだけ言うと、ヤマネコさんは茂みの奥に隠れてしまった。
金曜日、学校で初めて跳び箱が飛べた。私は嬉しくてスキップで公園に行った。ヤマネコさんは、公園のベンチからストン、と飛び降りると、軽い足取りでやってきた。
「にゃぁ!」
やったね、大成功!
ヤマネコさん、すごい。昨日のテストのことも今日の跳び箱のことも、なんで分かったの?
「にゃぁ。」
言ったでしょう、アタイは、アンタなのよ。
「確かに、私たち、声は同じだけど。」
私は、試しに鳴いてみた。
「にゃぁ。」
ヤマネコさんも、答えた。
「にゃぁ。」
アンタの気分は、アタイの気分なのよ。
ふうむ。分かったような、分からないような。
土曜日は学校がお休みだったから、ヤマネコさんには会えなかった。昨日、また来週ね、って言ったけど、ヤマネコさん、覚えてるかしら。私はちょっと気になったけど、ママとお買い物に行くことになって、素敵なお店で美味しいケーキまで食べて、ヤマネコさんのことはすっかり忘れてた。
夜、ベッドに入ってやっと、ああ、今日、ヤマネコさんに会えなかったな、って思い出した。私は悲しくてたまらなくなって、そうしたら、窓の外から悲しくてたまらない歌が聞こえてきた。
「にゃぁー、にゃぁー。」
私は窓を開けて、大きな声で呼んでみた。
「ヤマネコさーん!」
そうしたら、ママがびっくりして飛んできた。
「なにをにゃーにゃー叫んでるの?」
え、私、ヤマネコさん、って呼んだのよ。
「にゃぁ。」
ふざけてないで、早く寝なさい。
「にゃにゃにゃぁー。」
ママは私をベッドに押し込んで、お布団をかけて、部屋の電気を消して行ってしまった。私は寂しくて枕を抱きしめて、にゃぁにゃぁ泣きながら朝になるのを待った。
日曜日の朝、私は急いでいつもの公園に走った。ヤマネコさんの姿は見えなかった。もうヤマネコさんに会えなくなったら、どうしよう。
「はにゃぁー。」
私は大きなため息をついた。
「にゃぁ。」
会えるも会えないも、アタイはアンタなのよ。
ヤマネコさん!
「にゃぁ。」
日曜日なのに、なんでいるのさ。
昨日はヤマネコさんに会えなくて寂しかったわ。
「にゃぁ。」
だから。何度も言うけど、寂しいもなにも、アンタはアタイなのよ。
そう言いながら、ヤマネコさんが私の足にすり寄ってゴロゴロ喉を鳴らした。私はうれしくて、ヤマネコさんの頭をなでた。
「あ、トンボだ。」
「にゃにゃにゃぁ。」
トンボがしゃべれたら、トンボもきっと私たちと同じ声よ。
ヤマネコさんって、変なことばっかり言うのね。
トンボはヤマネコさんの尻尾に止まって、ぷるるん、と羽根をふるわせた。風が吹いて、私の髪の毛とヤマネコさんのおヒゲが、ぷるるん、と揺れた。
おしまい