陸の外、海の中。
熱帯びる空気大きく吸い込んで水中にダイブ。
面白いです。楽しいです。はい、そんな感じです。記憶の断片が鱗のように脳から剥がれてキラキラと水に還っていきます。その煌めきがなくなってしまう頃には恐らくそれを見たことすら私はもう少し経てば忘れてしまうでしょう。
さて、深く潜ると街が見えてきました。昔、何かの絵本で読んだような、そんな水中の都市が私に手招きをするようにそこに存在していました。市場のような屋台の連なりを見つけたので私は今日はここで食事をすることにしました。
水の民達は私がここにいる事をさほど不思議がりませんでした。むしろ「水の民」達は私を深く歓迎し、特に「アルフ」と名乗る少年は街並み一つ一つを丁寧に教えてくれました。そういった街の雰囲気が心地よくて私はまどろみに落ちていきました。光のカーテンが私を優しく包み込み、キラキラの水泡が塊になってハンモックのように私を揺らすのです。
狭い地球の中のもっと狭い日本の中の、東京という小さな都市の中の社会の中の組織の中のこのちっぽけな檻の中の私。私の全ては世界のほんの一部だと知った時、今すぐにでもあそこを飛び出すべきだと思いました。
彼はただひたすらに走った。
あれは逃避なんかではない。祈りだ。
私は彼を生かしては置けなかった。
世界の異変に気づいた大人ほど社会の秩序を乱してしまう。檻の中から追い出すことが最優先だ。
彼は迷いがなく、混沌とした檻の壁を一枚一枚丁寧にぶち破り見えざるものに導かれるように走った。壁を破るごとに「私」は増殖して彼の後ろを追いかけた。足音の増殖が彼の足を動かし続けた。
やがて彼は海にたどり着いた。
私達は普段人の「呼吸」を食べて生きている。
多少の呼吸を奪ったところで誰も気づきはしないのだ。だが稀に自身の息苦しさに気づき私達から解放されようとする人間がいる。そういった人間を私達は海に追いやり、最後に「肺」をいただく。これは呼吸なんかと比にならないくらい絶品なのだ。
「今までありがとうございました」
彼の黒目は透き通り、ビー玉のようだった。
「やり残したことや言い残したことは?」
「沢山ありますよ」
「そうなのか?」
「自由を求めたのではなくて自由を求めされられたような、そうして得たものは果たして自由なんでしょうか」
一瞬だが彼の澄んだ目が濁った。
「お前自身が自由を得たんだよ」
「あなたは本来在るはず僕でしょう。私はあなたの夢で願いで祈りなんでしょう。」
「そうかもしれない。」
彼の透き通った瞳が真っ直ぐ私の方へ向けられて私達は一瞬意識を失いそうになった。
気づけばもう彼は深い海の中。
砂浜の真ん中に肺を置いて遠くへ。
目が覚めるとガチャガチャと騒がしい音がして窓から外を覗くとどうやらここは繁華街の一画のようです。
「目覚めた?」
アルフが顔の近くで話しかけてきました。
「おはようございます」
水中の街の景色はどこを見ても新鮮でまだ自分が夢を見ているのではないかとほっぺたをつねって夢ではないことを確認しました。陸地にいた頃やっていた事をやっている自分が可笑しくなりました。そんな記憶もなくなるでしょうに。
「ところであんたはここに何しに?」
「ここは目的があってくる場所なんですか?」
「そりゃそうだ。みんな目的を持って暮らしてるよ。」
「たとえば?」
「働いてお金を稼いだり、結婚して子供を産んだり、そういった事だな。」
「私は、」
「どうしたんだい」
きっと私もここで生活する内に全部を忘れてしまうのでしょう。遠い昔に自由を求めてここにきたことなんて。
「いえ、なんでも」
私は少し悲しくなりましたが、それでも少し安心しました。私の後を強い願いと祈りを以って追いかけてきた彼らとまた一緒にいられるのだから。
日は落ち日々はまた繰り返す。
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