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「見えないばけもの」へのファンレターの写し

以下は講談社コミックDAYSチーム宛に送ったファンレターの内容をちょっと修正したやつ

拝啓
しまなか歩先生

残暑、というにはあまりに厳しい暑さが続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

私は男性で性自認は男性、異性愛者であり、IT系企業で細々と生活している者です。
この手紙を書くのは読み切り「見えないばけもの」を読んで深く感銘を受けたため、
手書きの文書を送るのは、私の文字の汚さを見れば男性であるということは偽りなくわかるだろうと思ってのことです。

私は仕事上の付き合いで同僚と、作中にあるような会話をしたことが幾度もあります。
「彼女いないの?」から始まり、「事務職の応募が何件かあるが、若い女の子の方がいいでしょ」といった会話、「出張先で女遊びしたくない?」など様々でした。
それらは男性同士の中で行われる会話で、場に女性がいても構わず、既婚者の男性であっても話題を振ることがよくありました。
職場で突然に性やそれにまつわる話しをされることに戸惑いましたし、嫌悪を感じたことをよく覚えています。

そういった経験もあり、先生の読み切り「見えないばけもの」で描かれた問題や込められたメッセージに強い共感を覚えました。
あるいはそれは、私が先生の意図とは関係なく読み取ったものかもしれませんが、いずれにせよ強く心に残る作品となりました。

私は特に作中の名端に強い共感を覚え、彼の憤りや困惑、諦めの感情が自分のことのように感じられました。
(もっとも外見はスマートな彼とは似ても似つきませんが)
名端のような男性がいるということを、漫画で描写してくれたことをとても感慨深く思っており、また感謝しております。
そして同時に、業界を変えると言いながら、一面的な視点で価値観を他者に押し付け、たった1ヶ月で会社を去るという「よくわからない奴」である名端は作中における「かいぶつ」の一人であり、異常な存在として描かれています。
私がリアリティを感じたのはそこでした。意図がどうであれ彼が善で作中の男性社会が悪とは明言されないことに、肯定的な意味での現実味を覚えました。

物語の初め、カケルは男性社会に迎合する人間で、そこに一石を投じる人物として名端が隣にいます。
そのまま読むと、カケルは悪の側に身を置く人物で、善の存在である名端が波紋を起こす、という展開に思えます。
そして波紋を呼ぶ展開は実際に起き、しかしそこで、頑なで他者の意見を聞き入れない名端と、男性社会に疑問を感じないわけではないが、その場でより建設的な手段を選ぶカケルとが描写されます。
ここで、カケルは善だの悪だのといった分類上にはない、ただ事態の解決に向かって彼なりに真摯な人物であることがわかります。
男性社会を善悪の土台に乗せずに、名端の抱える問題とカケルの抱える問題とが等しく描写されることは、とても大事なことであるように思います。

カケルは結局のところ終始その価値観はほとんど変わりません。
名端という人物の影響は、目に見えないほどの僅かな変化しか生まずに物語は終わります。
ですが、私はこの結末がとても気に入っています。

人が変化できる範囲はとても狭く、そして変化した先が本当の意味で良いか悪いかなど、誰にもわかりません。
変化の内容を吟味し、ただ少しずつ変わっていくしかないという締めに留め、男性社会の是非を問う終わり方にしないことに後味の良さを感じました。

最後、カケルと名端は会社が別になっても繋がりを保っている点も重要に思えました。
価値観の違うもの同士でも、互いを肯定できなくても、緩いつながりをもつ程度のことはできるのではないか、ということです。
今は酷い分断の時代に感じられますが、ここにあるメッセージこそが肝要な点であると自分は受け止めました。

この読み切りが、必ずしも多くの人にとって批判性を持つわけではないことは、想像に難くありません。
自身で体験するか、自覚することがなければ、作品の表題通りこのことは見えず、また感じることもないからです。
しかし自分にとっては、胸にささる一作品でした。
しまなか歩先生、ありがとうございます。
一層のご活躍を祈念いたしております。

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