遅咲き棋士のリストラ回避録【連続お仕事小説】その8
棋星戦挑戦者リーグ入りを賭けた最終予選決勝も午後4時を越えた。
昼休憩に入る前には葎が優勢だと思っていたが、午後に入ると対戦相手の下川九段が反撃してきた。
形勢は葎の築いた白亜の城が、真っ黒な泥に押し流されそうになるほど拮抗していたが、何とか序盤のアドバンテージを死守している状況で夕方になった。
「高村九段はどちらが有利だと思いますか?」
控室で葎を見守っていた私に記者が問いかける。
「まだ白の相庭五段が有利ですが、黒の下川九段の猛攻を凌げるか分かりません」
「相庭五段はリードを守りきれないと?」記者が続ける。
「囲碁は僅差でリードしている時の判断が難しい。負けている方はガンガン攻めてくるので、リードしている側はリードを広げる攻撃的な戦略か、今あるリードを守る守備的な戦略を選ぶか…この判断を誤ると逆転されます」
スポーツや他の競技でも共通するが、ずっとリードしていても最後に逆転サヨナラホームランを打たれる展開が囲碁にもある。
記者が席を外すと同時に、神崎師匠が入ってきた。
「高村、久しぶり!」
「師匠…!ご無沙汰しております。そちらはお孫さんですか?」
「そうそう。デパートの買い物帰りでね。雨も上がったし葎の様子を見に寄ったんだ」
まだ鉛色の空が重く垂れこめていたが、外を見ると降り出した雨は止んでいた。
「今の盤面を見る限り、葎が少しリードしているな」
「ですがまだ油断はできません」
「持ち時間の残りは、葎が2時間で下川君は1時間無いのか…。このまま行けば葎の勝ちだな」
やはり弟子の勝利を願っているようだが、少々楽観視し過ぎている気がする。そう思ったのは私だけでなく、師匠の影に隠れていたお孫さんが口を開く。
「ジイジ、それ負けフラグだよ」
その9へ続く
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