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遅咲き棋士のリストラ回避録【連続お仕事小説】その2

高村と居酒屋で別れてスマホが反応した。弟のしょうからの電話だった。
「兄貴おめでとう!棋星きせい戦リーグ入りまで後1つだね」
棋星は囲碁の大きなタイトルで、8人による挑戦者決定リーグで優勝し現棋星と七番勝負で先に4勝すればタイトルとなる。道のりは遠いが、リーグ入りさえ叶えばタイトルも夢では無い。
「ありがとう翔。仕事は順調?」
翔は3つ下の弟で、一緒に囲碁を始めたが翔はアマ初段の壁を越えられず辞めてしまった。その後は進学し一般企業に就職した。
「仕事は大変だけど、この間の人事で昇格して給料上がったよ」
「それは凄いな…」
「プロ棋士に比べれば全然だよ。年収にすると500万くらいかな」

思わず固まる。
昨年の囲碁の賞金王は1億円だったが棋星など主要タイトルを獲らないと1,000万円の大台にも乗らない。そもそもプロ棋士の平均年収は250万円とも300万円とも言われている。そしてタイトル戦の賞金額も減り続けたせいか、棋士を休業し一般企業に転職するプロも出始めた。世間一般が思っているより棋士は稼げない。ちなみに俺の去年の年収は…言いたくない。

「なぁ翔…」思わずプロ棋士を辞めるかもしれないと口走りそうになるが高村たかむらから口外するなと言われたことを思い出す。
「決勝、頑張るからな」と言って電話を切って駅に向かったが、こみ上げてくるものがありトイレに駆け込んだ。

今日は対局で疲れていた後に高村の話を聞き、翔と電話して情報量が多すぎた。何とかアパートに帰ってベッドに潜り込んだ翌日、日本囲碁機関(キカン)が人員削減のためそれなりの数の棋士に引退勧告をしたニュースが流れ、そのキカンから引退勧告の対象になっている事、そして棋星戦リーグ入りをかけた運命の1局が10日後に行われる連絡が来た。
「決勝の相手は分かっているから対策するとして…今日は約束あるしな」
少し頭は痛いが昼過ぎにアパートを出た。

その3へ続く

完結するまで毎朝投稿します。なおこの物語はフィクションであり、実在の人物・団体・タイトルとは一切関係ありません。各話のリンク先はその1に掲載しています。


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過祭 進碁
チップありがとうございます!微力ながら囲碁の普及に貢献したいと考えているので、棋書や囲碁の遠征に使用させて頂きます。他にも囲碁の記事を投稿しているので、読んで頂けると嬉しいです。