「決めない」美学? 原作者かわさき健のポリシー
「オーイ! とんぼ」原作のかわさき健先生には、編集者泣かせのポリシーがある。
それは、ストーリーを先々まで「決めない」こと。
「このあとどうなるんですか?」と聞いても
「決めてないんですよ、えへへ」
決めていないから、当然、原作が出来上がるのはギリギリのタイミングになる。原作が遅れれば、作画の古沢優先生にそのぶん負担がかかることになる。古沢先生はしびれを切らして待っている。
「今週、本当に思いつかなくて……もう少しだけ待ってください!」
そうならないために余裕をもって先々まで決めておけばいいのだが……
「おやじの教えなんです」
「おやじ」とは、川崎のぼる先生のこと。かわさき先生は、『巨人の星』などで有名なあの巨匠のご子息なのだ。
そしてその「教え」とは、連載はその週のその1話が勝負だということ。
これから書くその1話に集中する。その1話が面白いことがすべてだというのだ。
たしかに読む人にとっては、「今週の1話」こそが、1週間の楽しみなのだ。それが面白くなければ、読むのをやめてしまう人もいるだろう。
たとえいいネタが思いついても、「これは先々にとっておこう」などと考えていては、その週にファンが離れてしまうかもしれない。
人は年を取るにつれ、つい守りに入っていってしまう。
全力でダッシュすれば間に合うかもしれない電車も、いや、ケガをするといけないからやめておこう、と二の足を踏んでしまう。でももしかしたら、その電車でものすごく素敵な淑女との邂逅があったかもしれないのである。
そんな下心は抜きにしても、先々の心配をして今に集中できないのでは、本末転倒である。
ゴルフでも、「もしオーバーしたら3パットもある」と余計な心配をして、カップに届かないパットを打ってしまうことはよくある。
失敗したらどうしよう、ではなく、まずは目の前の1打に集中すること。失敗したらまたそのときに全力で立ち向かえばいい。
「今できることに集中する」
これは「とんぼ」の作品内でもたびたび登場するテーマである。
かわさき先生は1週1週、まさに命を削る思いでネタを考え、ストーリーを編み上げている。その積み重ねが、「とんぼ」の今の人気につながっている。
なので、かわさき先生の原作が遅れていても、けっして「急いでください」と言うことはできないのだが――もしかしたらこれは、遅れても許されるようにするための壮大な口実なのでは……などと、原作が届くのが遅いとついそんな不遜なことを考えてしまう。
でも結局原作が届くと、待った甲斐があったと思わせる素晴らしい内容なので、つい私も古沢先生も、これなら遅くなっても仕方ないと納得させられてしまうのだった。(つづく)
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