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映画ログ①「凶悪」(ネタバレあり)

こんにちは、Kasaです!
今日は、白石監督の「凶悪」を視聴しましたので、その感想を書いていきます!

「凶悪」概要

ジャンル

2013年に上映され、R15+の年齢制限あり、かなり残虐非道な映像が流れてます。
ジャンルはスリラー/ドラマです。

事実をもとにした映画なので、リアリティがほかの映画と比較して段違いで高いです。
原作は新潮45編集部編「凶悪-ある死刑囚の告発-」で、1999年に起きた「上申書殺人事件」です。獄中にいる死刑囚が、先生といわれる首謀者を逮捕に至るまでの物語です。

凶悪 : 作品情報 - 映画.com (eiga.com)

死刑囚の告発をもとに、雑誌ジャーナリストが未解決の殺人事件を暴いていく過程をつづったベストセラーノンフィクション「凶悪 ある死刑囚の告発」(新潮45編集部編)を映画化。取材のため東京拘置所でヤクザの死刑囚・須藤と面会した雑誌ジャーナリストの藤井は、須藤が死刑判決を受けた事件のほかに、3つの殺人に関与しており、そのすべてに「先生」と呼ばれる首謀者がいるという告白を受ける。須藤は「先生」がのうのうと生きていることが許せず、藤井に「先生」の存在を記事にして世に暴くよう依頼。藤井が調査を進めると、やがて恐るべき凶悪事件の真相が明らかになっていく。ジャーナリストとしての使命感と狂気の間で揺れ動く藤井役を山田孝之、死刑囚・須藤をピエール瀧が演じ、「先生」役でリリー・フランキーが初の悪役に挑む。故・若松孝二監督に師事した白石和彌がメガホンをとった。

映画ドットコムより参照

視聴感想について

※ネタバレなし

俳優・女優の演技がハイレベルで視聴している私たちが巻き込まれる感覚に陥りました。
日本は平和であるその裏で、こんな残虐非道で恐ろしい事件があったのかと身震いしました。
これがフィクションではなく、事実をもとにしたノンフィクションで、本当に起こったことなんて信じられません。

死刑囚の証言によって暴かれる、今まで闇に葬られた殺人事件の首謀者である「先生」と呼ばれる不動産ブローカーの存在を明かし、子分である五十嵐の弔いのためにも復讐しようと計画します。
そのために出版社に、その殺人事件の概要を話、調査してもらいます。

主人公である深井を演じる山田孝之が数少ないピースから執念と地道な調査により、不明瞭だったものがはっきり輪郭を描くように事件の概要が判明していきます。

その姿がまるで狂気的で、まるで「先生」を少しずつ追いつめていくさまが、少し異常だと感じました。
ジャーナリズムと一言いえば簡単ですが、それだけではない気がします。

それから須藤を演じるピエール瀧や先生もとい木村を演じるリリー・フランキーが本当に怖かったです。
演技だとわかっていても、人に危害を加えるのがあんなに楽しそうに演じるのは本当に実力派演技力と言わざるとえません。

恫喝や狂気が乱舞していく様は、周りも困惑する様子が描かれていました。
遠慮や躊躇がないは、人の倫理観が欠けているだけでは片づけられないと思います。
どこか頭のねじが吹っ飛んでいるか、または何かに執着しないとできないと思います。

不動産ブローカーと893の組み合わせは、やばいですね。
手を組むと本当に厄介で恐ろしいです。

また深井の奥さんとの関係も現実的過ぎて直視したくないですね。
むしろ、一般人である私たちに一番近い現実だと感じています。

両親の介護問題によっておこる、様々な問題を避けているのは、余計に新たな問題を生み出すことになります。
それを少しずつ描いているのが本当にリアルで、一番考えさせられました。

ラストもいい意味で考えされられて、もやもやするような感じがします。
しかし、それ以上の衝撃的作品です。

※ネタバレあり(ネタバレ厳禁の方はスキップ推奨)

ここからはネタバレが含まれますので、気になる方はスキップしてください。
また独自の感想ですので、これ違うのではないか?と感じる方はぜひコメントで共有していきましょう。
また、ここでは映画全体ではなく、一つ一つのシーンを見ていきます。

最初のシーンは、主人公である深井と須藤がこんな会話をするシーンで感じたことです。
須藤が「どうせ死ぬなら、きれいになって死にてぇ」というシーンです。

すごいエゴだなと思いました。
散々、人のことを手にかけたくせに、自分のやったことを告白すれば、自分はきれいな存在になれると思っているのが、人間らしいなと感じました。

確かに隠したままでは、自分の中で消化しきれないところがあります。
だけど、先生に復讐するために今まで黙っていたのは、きっと自分が死刑囚でその期間を長引かせるためだということにありました。

結局は自分がかわいいのです。
だから、自分が少しでも生きるために、出版社さえも利用したということなのかと思いました。

また木村のシーンが全体的に善悪の区別とは何ですか?と感じさせるようで怖かったです。
自分が楽しければ、自分さえよければ、それがどんなに最悪な結末だろうが、結果オーライと感じました。

善と悪が微妙な形で共鳴していて、それがこの映画の異様さを、より表現しているような気がします。
(圧倒的に悪のほうが多いですが)
特に人に手をかけているシーンはどれも楽しそうだったのが、印象的でした。狂っている、ただ一言だけで伝わると思います。

また、最後に奥さんとの関係性です。
最初は大変だから、話そうと主人公に言いますが、主人公は避け続けていました。
それから、取材という名目で家に帰らず、ずっと事件のことを調べていました。それも会社にも行かずに、何日もかけて。

また木村の家に侵入し、その上警察官を押しのけたせいで、公務執行妨害で主人公が逮捕されてしまいます。
最後の奥さんの叫びも届かなかったのではないでしょうか?
「今をいきる私たち」より「過去の人たちの弔い」のために、最後まで調べ、記事にしたのですから。

その間に奥さんが壊れてしまったかもしれません。
夫の記事を読んで、楽しそうで現実から逃げていたんでしょ?と。
少し前からお義母さんのことを殴っている。最初は戸惑いや罪悪感を感じたような言い方でしたが、今ではなんとも思っていないことを告白します。

それをきっかけに、早くいなくならないかと感じてしまい、とうとう離婚を言い渡し、家族最後の日は、主人公の母をホームに送りました。
なんとも現実的で、上記の出来事より、私たちの身近な悩みや問題です。

最後に木村と主人公が会話をするシーンです。
木村が「俺を殺したい奴は、被害者家族や須藤ではない」
そして、ガラス越しにいる主人公のことを指さします。

木村は感じていたのかもしれませんね。写真に撮られたあの日のことを。
自分に向けられたものの感情に。

それは主人公もわかっているのではないかと思いました。
周りはこれでもう完璧に終わったと思っているけど、主人公だけがまだ暴こうとするその姿は、まさにナイフのような鋭利な凶器そのものです。

なぜそれまでに主人公が木村のことをそういう風に思っているのかというところはわかりません。
ただ、自分の身近な問題をそんなやり方で片付けた、またはこれからも片づけようとしたことが許せなかったのではないでしょうか。

自分だって嫁と母の板挟みで、現実からは逃げられないのに、仕事を理由に逃げ続けてきた。
どうしようもできないのに、木村は殺人という最悪な理由で一瞬でなかったことにしたのが、彼のスイッチを押したのではないかと考えました。

まとめ

事実をもとにした作品であり、残酷なシーンを含むため、見るときは覚悟が必要だと思います。
だけど、それ以上に演技力やリアリティの高さはピカイチだと感じていますので、怖いもの見たさやこの事件のことを知りたいと思う方は見てみるのもありですね。

この作品は、数多くの賞をノミネートされているので、見ごたえはあります。
過去・現在・未来をうまく描いている作品のため、2013年に上映されたものですが、今でも十二分に考えさせられる作品です。

皆さんはどう思いましたか?
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