VTuberとふるさと納税のコラボは市場拡大に繋がるか ―寄付額40倍の立役者・京町セイカさんに学ぶ(コラム)
ふるさと納税を取り巻く環境
年々利用者が増加の一途を辿り、2022年度の市場規模は1兆円に迫った「ふるさと納税」。
ふるさと納税の利用者からは「地元に恩返しをしたい」「この自治体を応援したい」などの意見がある一方、過度な返礼品競争には苦言も聞こえて来ている。
総務省は過熱する返礼品競争を防ぐため、2023年10月1日から「返礼品の経費率5割以下」などの項目について基準の厳格化が実施された。
2022年度は寄付額100億円以上を集めた自治体が複数あり、ふるさと納税制度元来の目的である地方創成の一翼を担っている。
マンガ・アニメ作品とふるさと納税のコラボ返礼品
ふるさと納税は主に各市区町村といった地方自治体独自の取り組みがメインとなる。10月1日から実施された返礼品の基準厳格化は地場産品の定義にも影響を及ぼした。
多くの自治体が地元の特産品を活かし魅力ある返礼品を創出する中、マンガやアニメ作品とコラボレーションを行い返礼品の工夫を凝らす自治体もある。
例えば、人気アニメ「ラブライヴ!サンシャイン!!」の舞台となった静岡県沼津市だ。沼津市では、地元で栽培・製造されたお茶や洋菓子などが「ラブライヴ!サンシャイン!!」のオリジナル化粧箱に梱包され送付されるという返礼品がラインナップされている。
また、よりコアなファン向けにオリジナルデザインの施されたアクリルブロックなどが返礼品となっているものもある。いずれも「ご好評につき配送にお時間頂戴しております」との記載があることから人気の高い返礼品となっていることが垣間見える。
他にも、人気マンガ「名探偵コナン」の作者・青山剛昌氏の出身地である鳥取県北栄町では作品のオリジナルグッズや主人公・江戸川コナンの顔が印字された手焼きせんべいなどが返礼品として取り揃えられているほか、人気アニメ「ゆるキャン△」では作品の舞台となった山梨県や静岡県の自治体に留まらず、キャンプ用品を返礼品とする新潟県三条市も作品とタイアップを遂げている。
自治体オリジナルVTuber「京町セイカ」とふるさと納税
京都府精華町のオリジナルVTuber「京町セイカ」
マンガやアニメ作品に限らず、近年市場規模を急拡大してきたVTuberを活用した取り組みもある。京都府精華町のオリジナルキャラクター・京町セイカさんだ。
京町セイカさんは精華町の広報キャラクターとして2013年7月より活動を開始。精華町の情報発信に努めるなか、2016年にはクラウドファンディングを活用しボイスロイドデビュー。2020年には再度クラウドファンディングを実施しVTuberデビューを果たして活動の幅を広げてきた。京町セイカさんの声優は京都と所縁のある立花理香さんが務めている。
京町セイカ、税収7,000万円を溶かした真実を語る
精華町の広報活動を行っていた京町セイカさんがクラウドファンディングを活用しVTuberデビューしたのには切実な事情があった。
ふるさと納税制度が2008年に開始されて以降、精華町では「まちを応援したいという気持ちが大事」という理念のもと返礼品を長らく用意していなかった。しかしふるさと納税市場の規模が拡大してくると、2017年度の精華町ふるさと納税赤字額(※1)は約7,000万円に達し、全国の町村において赤字額ワースト1位という不名誉な記録を樹立。
精華町公式Youtubeチャンネルで『7000万溶かした真実、お知らせします』という動画を投稿し赤字額7,000万円の構造と経緯を説明するとともに、2019年度の赤字額は約9,000万円に拡大したことを明かした。
溶かした7,000万円を取り戻すため
拡大するふるさと納税による赤字幅を抑えるべく、精華町は既存のふるさと納税ポータルサイトを活用し返礼品の拡充を進めるとともに、2020年には精華町独自のふるさと納税ポータルサイトを構築した。
取り組みが功を奏し、赤字額7,000万円を記録した2017年のふるさと納税寄付額は約254万円であったのに対し、2020年の寄付額は約3,900万円、2021年度の寄付額は約6,600万円、最新の2022年では寄付額約1億円と2017年の約40倍近い寄付額に増加している。
返礼品の内訳を見ると、一般的な特産品だけではなく京町セイカさんを起用した返礼品も用意されている。
精華町の特産品である「洛いも」を使った焼酎に京町セイカさんの特製イラストをラベルにした「精華の夢」は、「芋焼酎なのにまろやかな香りで、焼酎が初めての方にも親しんでいただける素直な味わい」と紹介されている。
また、ボイスロイドを活かした「VOICEROID+京町セイカEX」もラインナップ。音声読み上げソフトであるため主にクリエイター向けの返礼品だが、聞き取りやすい音声は彼女のファンを中心に好評を得ている。
京町セイカとふるさと納税の相乗効果
この他にも数多くの返礼品が用意されているが、注目すべきは先ほど挙げた返礼品は「"ふるさと納税型"クラウドファンディング」により完成した品であることだ。
先ほども、京町セイカさんのボイスロイド化とVTuber化はクラウドファンディングを活用して実現したと説明をした。このクラウドファンディングもふるさと納税型である。
ふるさと納税型クラウドファンディングは、その名の通り利用者が寄付した額がそのままふるさと納税控除を受けられるクラウドファンディングである。通常のクラウドファンディングは基本的に税制の優遇を受けられないが、ふるさと納税型クラウドファンディングでは寄付を行った分がそのままふるさと納税控除を受けることができるため寄付金が集まりやすい傾向にある。
精華町では、京町セイカさんに関連するふるさと納税型クラウドファンディングをこれまでに合計4回実施している。
第1回目は2015年に「京町セイカを現実世界へ~新たな力をください~」が実施された。この時は目標金額200万円に対し、約400万円が集まりボイスロイド化が実現して立花理香さんの"声"を手に入れた。2015年の精華町ふるさと納税額は約600万円であることからふるさと納税額の約3分の2を占めたことになる。
第2回目は2019年に実施された「京町セイカのふるさと納税頑張ります!大作戦」だ。目標金額300万円に対し、約620万円が集まり独自ポータルサイトのデザインイラストやVTuber用3Dモデル、「洛いも焼酎 精華の夢」などが完成した。2019年度は寄付額約950万円であったことからこの年もふるさと納税額の約3分の2がクラウドファンディングによるものであった。
第3回目は2020年~2021年に「京町セイカ歌声創造プロジェクト」が実施され、目標金額400万円に対して約940万円が集まっている。この時は音声合成ソフト「Synthesizer V」を利用し音声データベースなどを制作。後にこの音声データベースを活用したオリジナルテーマソングが作られた。2020年度は独自ポータルサイトの普及も貢献し寄付額は約3,900万円(※2)。クラウドファンディングによるふるさと納税額の割合は約1/4となった。
第4回目は2022年に実施した「京町セイカRebootプロジェクト」。記事の投稿時点で最後のプロジェクトとなっている。目標金額500万円に対し約1,100万円が集まった。音声合成ソフト「VOICEPEAK」により新しい"声"を制作したほか、新3Dモデルや10周年記念グッズなどが作られている。2022年度は寄付額が約1億円まで増加しており、クラウドファンディングによるふるさと納税額の割合は相対的に約1割まで減少している。
いずれのプロジェクトも目標金額に対し支援金額が上回っていることから、オリジナルキャラクター・京町セイカとふるさと納税型クラウドファンディングは精華町と寄付者双方のニーズにマッチした取り組みであったと言える。プロジェクトの性質上ふるさと納税型クラウドファンディングとなっているが、寄付者側の立場になれば通常のふるさと納税であっても控除額や負担額に変わりはなく、クラウドファンディングと同様の相乗効果を見込むことができる。
精華町の返礼品人気ランキング(※3)では先述の「VOICEROID+京町セイカEX」と「洛いも焼酎 精華の夢」は数ある返礼品の中で2位と3位にランクインしており、ここだけを見ても彼女が精華町へもたらす経済効果は大きなものとなっているだろう。
独自ポータルサイト運営の利点と課題
精華町のような独自のポータルサイトを運用する自治体の数は少ない。自治体にとっての最大のメリットはふるさと納税ポータルサイトを運営する企業などへの手数料の支払いを抑制できることだ。2022年度は全国で9654億円の寄付額が集まったのに対し、少なくとも2割超にあたる2471億円が仲介業者などに手数料として支払われている。この手数料を抑えることができれば自治体の手元に残る税収が増えることになる。
一方、課題はポータルサイト構築・維持費用が掛かるとともに、ふるさと納税利用者から直接独自のポータルサイトへ訪れて寄付をしてもらう必要がある。ふるさと納税を利用する人は「さとふる」や「ふるなび」など大手ポータルサイトからふるさと納税を実施することが多く、独自ポータルサイトは知名度で苦戦を強いられる。
独自ポータルサイトの構築により仲介業者への手数料などの経費を削減することには成功したが、利用者が少なく手元に残る税収が減ってしまっては元も子もない。そのような側面から、独自でプラットフォームを運営する自治体は限られているのが現状だ。
既存IPを持つVTuberとのコラボ返礼品
先述の精華町のように自治体が独自のふるさと納税ポータルサイトを運営したりIPを持つキャラクターを広報活動に起用することによる経済効果への期待は大きい反面、一定のコストと時間を要することになる。
このことからも従来はマンガ・アニメ作品とのコラボレーションが主流であったが、近年は既存IPを持つVTuberとコラボレーションをした返礼品も増加傾向にある。
山梨県ご当地VTuber「宝灯桃汁」さんの起用
例を挙げると、2023年4月から山梨県のご当地VTuber宝灯桃汁さんとコラボをしている山梨県大月市の返礼品だ。"ご当地"と紹介するように、宝灯桃汁さんは「笑いで山梨を盛り上げる」をテーマに活動しており、地元自治体をPRすることにうってつけの人材といえる。返礼品はアクリルスタンドや缶バッジなどが用意されているほか、「山梨首都化」という少々過激な思想にちなんだ「山梨首都化Tシャツ」も取り揃えられている。
大手VTuber事務所「ホロライブ」の参入
2023年11月には、カバー株式会社の運営する大手VTuber事務所「ホロライブ」が自治体とコラボしふるさと納税市場に参入してきた。
ホロライブは国内だけではなく海外のファンにも強い支持を受けており、クリエイター(ライバー)1人あたりの収益が約3億円を突破したことでも話題を呼んだ最大手VTuber事務所の一角。
茨城県水戸市に本社を構える明利酒類株式会社から、人気クリエイター兎田ぺこらさんと白銀ノエルさんと共に共同開発をした梅酒とジンが発売された。同社は過去にさくらみこさんや雪花ラミィさんともコラボをしておりホロライブと関係が深い。
今回の製品は水戸市の返礼品としても指定されており、ホロライブのクリエイターの持つ影響力がふるさと納税制度へ拡大することにも期待がかかる。
最後に
ふるさと納税市場が拡大するとともに、VTuber市場も近年急拡大を遂げている。矢野経済研究所によると、2023年のVTuber市場規模は前年比53.8%増の約800億円と見込む調査結果がある。
企業は社会の公器となることが求められるなかにおいて、地方創生の役割を担うふるさと納税制度とのコラボレーション事業はCSR活動の一環にもなり得る。
自治体が独自にIPを持つVTuberはもちろんのこと、個人や企業に所属し活躍するクリエイターの参入により双方の市場がより活性化し、一層の市場拡大と地方創生の加速に寄与する契機となることに期待したい。
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
「VTuberとふるさと納税」というテーマは10月初旬から構想しており、紆余曲折ありながら本稿の仕上がりとなりました。
さて、ふるさと納税に関する情報を調べるなか、SNS上でひとつ興味深い話を知ることができたので最後にご紹介させていただきます。
北海道壮瞥町という町で、人気アニメ「アイドルマスター ミリオンライブ!」に登場する木下ひなたさんとコラボレーションした事業「そうべつりんごめぐり」が開催されました。
「そうべつりんごめぐり」は壮瞥町の特産品であるりんごの果樹園や店舗をスタンプラリー形式で周る内容で、スタンプを集めると壮瞥町りんご大使に就任した木下ひなたさんのオリジナルステッカーを入手できるというものでした。
これだけならアニメとコラボをしたよくある事業の一つですが、筆者が興味を持ったのはこの催しが「木下ひなたさんのファンによるふるさと納税」をきっかけに実現したイベントである可能性があるということです。
詳細はKAI-YOU様のご協力のもと、以下の記事に纏めさせていただきましたのでご興味のある方はぜひご一読ください。
素人の拙文をプロの編集技術により素晴らしい記事へ仕上げていただきました。寄稿の機会をいただいたKAI-YOU様へ御礼申し上げます。