おかしな日本の離乳食 #10倍がゆ
さて本題(ここまでは自己紹介)
このコラムを書くために、noteのアカウントを作ったと言っても過言ではない。
いまだに日本のあちらこちらで「赤ちゃんの離乳食は10倍がゆから〜」というススメが、スローガンのように伝えられている。
育児雑誌や離乳食本、自治体の保健センターでも、当たり前の光景・・・
でもこれ、実は赤ちゃんの育ちにものすごく悪影響を及ぼしている問題である。
あまり知られていないが、「10倍がゆ」や「7倍がゆ」は、今から60年以上前に離乳食のために作られた規格である。
一般的なおかゆだと潰しにくいことがあるので、薄いおかゆの方が良いだろうと提案されたようだ。
しかし1980年にこの規格は消え、「つぶしがゆ」や「かゆ」となった。
今から40年も前の話である。
なぜこんなに古い話が、今も語り継がれているのだろう??
本当に赤ちゃんに必要な「かゆ」は、炊飯器のおかゆモードで炊ける米:水=1:5の全がゆ(5倍がゆとも呼ばれる)である。「つぶしがゆ」は、「かゆ」を潰したもの。
全がゆは100gあたり71kcal。
これだと、単純にエネルギー量で比べてみると、母乳(65kcal/100g)や育児用ミルク(およそ母乳と同等)とほぼ同じエネルギーを摂ることができる。
これに対して10倍がゆを食べるのは、半分に薄めた母乳を飲んでいるのと同じこと。赤ちゃんの胃袋は、大して栄養のないもので満たされてタポタポになる。
ちなみにこの胃袋タポタポ問題は、米だけに限らない。野菜スープ、豆腐や野菜のすり流しなど、スプーンを傾けたら簡単にこぼれてしまうものは、母乳やミルクよりエネルギーが少ない。
10倍がゆを否定すると必ず、全がゆのツブツブが嫌いな赤ちゃんは食べませんという反論が出てくる。ならば米からスタートしないで、いもやかぼちゃのペーストを食べたら良いだろう。
離乳食を考える上で大事なことは、「母乳やミルクだけでは足りない栄養を食事で補う」という視点である。
つまり赤ちゃんが食べるものは、母乳やミルクと同じくらい、もしくはそれ以上の栄養を補える食事でないと理にかなわない。
最近日本でも、赤ちゃんの食事を離乳食ではなく「補完食」と表記することが増えてきたのは、この考え方に基づいている。
WHOを初め世界の子どもの食事は、補完食complementary foodsや固形食solid foodsと記されている。
栄養を補うことができるペーストの硬さは、スプーンを傾けてもすぐに落ちないくらい(ヨーグルトやジャムなどをイメージしてもらうと分かりやすいかな)
ペーストを与えるなら、開始時期からこの硬さが良い。
悲しいことに、「10倍がゆ」から離乳食を始めて体重が減ってしまう赤ちゃんがいる。しかもかなりの頻度で(我々のクリニックだけでも年に数例)
このことは学会誌にも報告している。
うす〜〜いおかゆで満腹になり、母乳やミルクを飲む量が減ってしまうのだろう。食べものに溢れている日本で、育ち盛りの赤ちゃんだけがこんなにひもじい思いをしなくてはならない悲しい現実だ。
そして「栄養不足です」と伝えられた瞬間、親はほぼ100%自分のせいだと感じる。
これを私は「10倍がゆの罪」と呼んでいる。
「10倍がゆ」という言葉を未だに話している支援者に、きっと悪気はない。だけど実際に体重を減らして受診する赤ちゃんを診ている小児科医としては、きちんとこの現実を伝えていく責任がある。
日本の離乳食問題は、まだまだ続く。
参考資料:
1)WHO著,戸谷誠之監訳(2006).補完食「母乳で育っている子どもの家庭の食事」.日本ラクテーション・コンサルタント協会
2)瀬尾智子(2021)離乳食から補完食へ〜補完食とは〜 外来小児科vol.24No,1.P14-19
3)瀬川雅史(2021)日本における離乳食指導の変遷 外来小児科vol.24No,1.P28-34
4)中川志穂ら(2021)小児科で適切な補完食情報を伝えよう! 外来小児科vol.24No,1.P62-64