トランスファー
トランスファーという言葉を知らなかった。リハビリの仕事に就こうと専門学校に通っていた。実習先の病院でこの言葉を初めて知った。移乗動作、乗り換えの意味で使う。具体的にはベッドから車椅子、車椅子からさらにどこかへ移動する時などに使う意味だ。この、トランスファーの介助が大変だった。
やり方がわからない。人の身体は重い。力ずくでなんとかなるものではない。無理矢理、患者さんをベッドから車椅子に移動させようとすると、こちらの腰が悪くなる。失敗すると怪我をさせるかもしれない。その人のできる動きにこちらも合わせて、介助を行う。お互いの身体になるべく負担がかからないように。とても繊細な動作、行為だと思う。
初めて勤めた病院で、リハビリ部門の部長が、まずトランスファーを教えてくれた。その後、何回も講習も行ってくれた。私はなかなか上手く出来ないし、一人ではどうにもならないことも多かった。けれど、力ずくでやらないこと、患者さん本人のできることを最大限生かすこと、人間の身体の動きは特徴や習性があって、それを上手く利用すること、など。いくつかコツみたいなものを教えてもらった。
4ヶ月ほど前、私は義母の介護をしていた。出産後、私は医療の仕事から離れている。十数年ぶりに、車椅子を触った。義母のトランスファーを行う。らくに出来た。義母の体重がとても軽くなってしまったことや、義母自身が身体を動かせる力があることも関係しているとは思うけれども。私の方でも、身体が動きを覚えていた。ここでこう手をそえる、足はここに置いてもらう、自分はここに立つ、とか。やってみたら自然に動けていた。
医療現場を離れてしまったことへの様々な思いや、義母の病状や、いろんなことが一瞬で頭の中をぐるっと駆け巡った。そして、部長できたよ、部長!と頭の中で報告していた。25年前、彼女に教えてもらえて本当によかった。