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キュレーション来訪記

風土は多層的であり重厚であるのに、なぜあんなにも軽やかなのだろう。



地理学が地球単位の時間の紡重ねを扱う学問だとすれば、そこで生まれた「風土」という概念が人間社会へて援用されるのは当然か。

オーギュスタンベルクしかり和辻哲郎しかり、風土論や各論研究者が多々いるなか、いまだ研鑽中の身では何か貢献したくともできないという苦しさを何とか和らげようと、行く先々で美術館・書店をキュレーションを軸にめぐって、その質感を記憶にとどめるようにしている。

よってこの先にあるのは、他の筆跡とは異なり、所感と具象に振り切ったものであるが、よければ残り香をともに味わえたら。


【京都編】
・京都でもし『 』が生まれていたら、どうなったんだろうと思い、実際にお邪魔し始めました。

東京を「仕事で人を育てる」文化と形容すれば、京都は「ひとで人を育てる」文化。とはいえ、東京も京都も、いまはもう機能していなくて、育った人をほしがっている印象を受ける。
強いていうなれば、特に京都は「扉渡り」ができていないのかもしれない。すなわちある人の下で学び質感を吸って、ようやくその次のコロニーというか、クラスターへ移ろうとしても、アクセスが全然開かれていない。”見つけてみろ”くらいの感覚値なのかな。
翻って、東京もそうだな、いい仕事を若い人に回せていない。それなのに短期インターンとか長期インターンで搾取しようとする。
京都大学院生の森江くん(夏からLSEでマスター取りに行く)のコーディネートで、京都最高峰の学部知性にアクセスできた。名前は伏せるが、動的な幾何学をベースに、不二そして発酵輪廻を突き詰め、実践するスーパーザイヤジンである。(以下、彼の自己紹介)

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