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『遺された者たちの――』
作:かーる 曲:南かのん 写真:月里文音
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経緯:
月里さんが写真と詩を公開され( https://note.mu/asaginokaze/n/n92449b7ff259 )→南かのんさんがそのnoteに曲を添えて( https://note.mu/2438/n/na3f0bf29fe4e )→そのかのんさんのリクエストで、私が物語ることに。
『遺された者たちの――』
作:かーる 曲:南かのん 写真:月里文音
届かない、届かない、届かない
あなたの目に私は映らない
自分を守る術しか知らないから
誰にも言えない想いを、ただ風にさらして
今日もそっと、閉じこもるだけ――
※
その封書が届いたのは、昨夜のことだった。
どこにでもあるような真っ白な事務用封筒。
柔らかいバツ印で封がされていたその封筒を開けると、そこには一枚の写真と、そして柔らかな文字で記されていた一篇の詩。
――一篇の詩。
はるか遠くに過ぎ去った時の向こう側に置いてきた記憶の、その片隅に眠っていた小さな想い出を呼び起こすその詩に、私の視界がじわりとにじんでいく。
その差出人不明の封書で届けられた詩を、私は知っていた。
はるか想い出の中にのみ生き続ける彼女の詩。
もはや私ともう一人しか知らないはずのこの詩が、なぜか20年も経った今になって私のもとに帰ってきたのだ。
私はふと我に返り、封書に押された消印を確認して、そして目を見開く。
そこは、私がただ一度だけ訪れた土地だった。
私と――そう、娘と二人で訪れた最後の土地だった。
そう、20年前に失踪したはずの娘と。
※
そして、今日。
鈍行を乗り継ぎその土地を訪れ、記憶にあるその場所に足を踏み入れた頃には、すでに世界は黄昏の国へと変貌を遂げていた。
さくり、さくりと微かな抵抗をする落ち葉を踏みしめながら、私は黄昏の国の中を歩き続ける。
どこに行けばよいのか分からないまま、どこに行こうとしてるのか知っている私は、ただ無言でまっすぐにそこへと歩いていく。
どれくらい歩いただろうか。
気づけば私は、大木の前に立っていた。
すでに枯れ果てているのか、枯れ葉すら残っていない、死体のような大木を見上げながら、私はここが終着点であることをおぼろげながらに理解していた。
「――来たんだ」
その時だった。
私の背後から懐かしい声がして思わず振り向くと、そこには――
そこには、娘が立っていた。
あの当時のままの娘が。
「来ないと思ってた。もう忘れてるかと」
そうつぶやくように言った娘の眼は、しかし私の方を見ていない。
私はその視線につられるように、再び背後の大木へと目を向けた。
「――元気にしてたか」
思わず口から出た問いは、吹き抜けた風に流されて、娘には届かない。
「――どうして」
娘は再びつぶやく。
「どうして、置いていったの」
背後から聴こえてきたその問いに、しかし私は応えることができない。
その答えを、20年たった今でも見つけることができないでいる私に、応える権利はなかった。
「ずっと待ってたのに」
娘の声が続く。
哀し気に、しかし確固たる意志を持って。
娘の声が続いていく。
「何年も、ずっと待ってたのに、どうして来なかったの」
責めるでもなく、嘆くでもない。
静かに続けられたその問いに、私の視界がぐるり、と回り始める。
「どうして今になって来たの。もう手遅れになった今になって」
その問いに、かすかに聞き取れた感情。
それが怒りだ、と気づいたころには、私の意識はすでに薄れ始めていた。
「すべてから逃げ出したのに。ずっと閉じこもってきたのに。どうして――」
暗転する視界。
どう、という衝撃。
傾いていく大地と、最愛の娘。
――私のただ一人の、娘だったなにか。
「忘れていたくせに。大事な時にいなかったくせに。いてほしい時にいなかったくせに――」
すまない。
そう口にしたくても、もはや唇一つ動かすことができない。
大木の下で、大地に横たわって、身動き一つできないまま、私の意識は消え去っていく。
世界が、漆黒の闇に落ちていく。
闇に――
※
気が付くと、私はベッドの上にいた。
起き上がって窓の外を見ると、そこには懐かしい風景が広がっている。
そこは、妻が亡くなった病院だった。
22年前に事故で亡くなった、妻の。
「――あら、起きたのね」
突然かけられた声に振り向くと、そこには一人の看護師さんがいた。
彼女の話によると、私は大木の下で倒れていて、意識を失っていたらしい。
誰が救急車を呼んだのかは分からないという。
過労で倒れたのね、と苦笑いする看護師さんにすみません、と詫び、私はそのまま再び眠りについた。
22年ぶりの、深い眠りだった。
※
娘の行方は、その後あっさり判明した。
私が倒れていた大木のある公園。
その公園の横にあった墓地の一角に、眠っていたのだ。
そしてその墓には、真新しいお供え物と花、一枚の写真が残されていた。
20年前のそのままの娘と、年を取った娘が並ぶ、写真が。
(了)
月里さんが写真と詩を公開され( https://note.mu/asaginokaze/n/n92449b7ff259 )→南かのんさんがそのnoteに曲を添えて( https://note.mu/2438/n/na3f0bf29fe4e )→そのかのんさんのリクエストで、私が物語ることに。
『遺された者たちの――』
作:かーる 曲:南かのん 写真:月里文音
届かない、届かない、届かない
あなたの目に私は映らない
自分を守る術しか知らないから
誰にも言えない想いを、ただ風にさらして
今日もそっと、閉じこもるだけ――
※
その封書が届いたのは、昨夜のことだった。
どこにでもあるような真っ白な事務用封筒。
柔らかいバツ印で封がされていたその封筒を開けると、そこには一枚の写真と、そして柔らかな文字で記されていた一篇の詩。
――一篇の詩。
はるか遠くに過ぎ去った時の向こう側に置いてきた記憶の、その片隅に眠っていた小さな想い出を呼び起こすその詩に、私の視界がじわりとにじんでいく。
その差出人不明の封書で届けられた詩を、私は知っていた。
はるか想い出の中にのみ生き続ける彼女の詩。
もはや私ともう一人しか知らないはずのこの詩が、なぜか20年も経った今になって私のもとに帰ってきたのだ。
私はふと我に返り、封書に押された消印を確認して、そして目を見開く。
そこは、私がただ一度だけ訪れた土地だった。
私と――そう、娘と二人で訪れた最後の土地だった。
そう、20年前に失踪したはずの娘と。
※
そして、今日。
鈍行を乗り継ぎその土地を訪れ、記憶にあるその場所に足を踏み入れた頃には、すでに世界は黄昏の国へと変貌を遂げていた。
さくり、さくりと微かな抵抗をする落ち葉を踏みしめながら、私は黄昏の国の中を歩き続ける。
どこに行けばよいのか分からないまま、どこに行こうとしてるのか知っている私は、ただ無言でまっすぐにそこへと歩いていく。
どれくらい歩いただろうか。
気づけば私は、大木の前に立っていた。
すでに枯れ果てているのか、枯れ葉すら残っていない、死体のような大木を見上げながら、私はここが終着点であることをおぼろげながらに理解していた。
「――来たんだ」
その時だった。
私の背後から懐かしい声がして思わず振り向くと、そこには――
そこには、娘が立っていた。
あの当時のままの娘が。
「来ないと思ってた。もう忘れてるかと」
そうつぶやくように言った娘の眼は、しかし私の方を見ていない。
私はその視線につられるように、再び背後の大木へと目を向けた。
「――元気にしてたか」
思わず口から出た問いは、吹き抜けた風に流されて、娘には届かない。
「――どうして」
娘は再びつぶやく。
「どうして、置いていったの」
背後から聴こえてきたその問いに、しかし私は応えることができない。
その答えを、20年たった今でも見つけることができないでいる私に、応える権利はなかった。
「ずっと待ってたのに」
娘の声が続く。
哀し気に、しかし確固たる意志を持って。
娘の声が続いていく。
「何年も、ずっと待ってたのに、どうして来なかったの」
責めるでもなく、嘆くでもない。
静かに続けられたその問いに、私の視界がぐるり、と回り始める。
「どうして今になって来たの。もう手遅れになった今になって」
その問いに、かすかに聞き取れた感情。
それが怒りだ、と気づいたころには、私の意識はすでに薄れ始めていた。
「すべてから逃げ出したのに。ずっと閉じこもってきたのに。どうして――」
暗転する視界。
どう、という衝撃。
傾いていく大地と、最愛の娘。
――私のただ一人の、娘だったなにか。
「忘れていたくせに。大事な時にいなかったくせに。いてほしい時にいなかったくせに――」
すまない。
そう口にしたくても、もはや唇一つ動かすことができない。
大木の下で、大地に横たわって、身動き一つできないまま、私の意識は消え去っていく。
世界が、漆黒の闇に落ちていく。
闇に――
※
気が付くと、私はベッドの上にいた。
起き上がって窓の外を見ると、そこには懐かしい風景が広がっている。
そこは、妻が亡くなった病院だった。
22年前に事故で亡くなった、妻の。
「――あら、起きたのね」
突然かけられた声に振り向くと、そこには一人の看護師さんがいた。
彼女の話によると、私は大木の下で倒れていて、意識を失っていたらしい。
誰が救急車を呼んだのかは分からないという。
過労で倒れたのね、と苦笑いする看護師さんにすみません、と詫び、私はそのまま再び眠りについた。
22年ぶりの、深い眠りだった。
※
娘の行方は、その後あっさり判明した。
私が倒れていた大木のある公園。
その公園の横にあった墓地の一角に、眠っていたのだ。
そしてその墓には、真新しいお供え物と花、一枚の写真が残されていた。
20年前のそのままの娘と、年を取った娘が並ぶ、写真が。
(了)
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