ダメになる会話 「詐欺師未満」
男1「大丈夫…大丈夫だ。あんなに練習したじゃないか…落ち着いて、台詞をおさらいして…」
男2「すみません。」
男1「アッひゃうっ!ななななな何ですか?!ボクまだ何も悪いことしてないですよ?!」
男2「悪いこと?」
男1「いやっ!何でもないです!なにかっ、なにか御用でしようかっ?!」
男2「驚かせてしまったようで申し訳ない。もしかしたらあなた…。」
男1「…な、何ですか…」
男2「何か、お困りなんじゃないですか?」
男1「…へ?ど、どうしてですか?」
男2「いや、変な話で申し訳ない。昔からどういうわけか困ってる人がいるとピンとくる体質で。勘違いだったら申し訳ない。」
男1「はあ、そうなんですか…あっ!いや!そうなんですっ!困ってるんです、僕。」
男2「おお、そうでしたか。よかったら話を聞かせていただけますか?」
男1「は、はいっ!あの、実は、僕の勤めていたこう…工場が先月、火事になってしまいまして。」
男2「ほう、それは大変でしたね。」
男1「ええ、それで、その、ヤケドで、いや大ヤケドで、全治2カ月の、にゅ、入院でして。」
男2「それはとんだ災難だ。」
男1「だから、えーと、入院費用がたくさん、その、10万…いや、20万とか、そのくらいかかってしまって。」
男2「なんと、ヤケドのうえに高額な入院費用とは、泣きっ面にハチですねぇ。」
男1「そう、ハチです。ハチにも刺されて、いや、刺されてはなくて、えと、なんだっけ?」
男2「ちなみに、ヤケドはどの辺りを?見たところ包帯などもしてらっしゃらないようですが。」
男1「包帯?…あっ!ああっそのっ…ああああの、その、ヤケドはちょうど、こ、股間のあたりでして、包帯は、見えないようにと…」
男2「股間をピンポイントでヤケドしたんですか?」
男1「なんか、焼けた石?が落ちてきて、ちょうど、股間のところに落ちてきて、ちょうどその、は、裸かだったもので。」
男2「なんと不運な。大丈夫なんですか?病院を抜け出したりして。」
男1「え?抜け出す?」
男2「火事が先月で、全治2ヶ月なら、まだ入院中じゃないんですか?」
男1「はっ!しまっ…いや!」
男2「すごい汗ですよ?病院に戻られた方がいいのでは?それとも、何か大事な用でもあるんですか?」
男1「そ、そうなんです!給料を、今日、給料を受け取りに行ったら、工場が潰れてしまっていて!」
男2「いまどき手渡しですか?」
男1「ええ、それで、お金の代わりに工場で作っていたこの、こ、こ、高級腕時計をいくつか渡されて…」
男2「現物支給というやつですか。なるほど。」
男1「お、お金が必要だから、だから、その、誰か、この時計を買ってくれる人を探していたところなんです。…ふう。」
男2「なるほど。だいたい事情はわかりました。で、その時計はおいくらなんですか?」
男1「み、店では20マンエンイジョウノネガツイテルモノナンデスガ…でスガ…」
男2「どうしました?急に日本語覚えたての外国人みたいな話し方になってますよ?」
男1「ゴホッ!んっ、んんっ!失礼しました。お店では20万円以上の値がついている高級腕時計なんですが、事情が事情ですので、いっ…いっ…いっ」
男2「大丈夫ですか?顔色が信号機みたいに次々変わってますけど?」
男1「一万円っ!一万円でっ!」
男2「えっ、一万円ですか?」
男1「いえっ!違いますっ!ウソですっ!いやウソはついてないのですっ!一万円は私の希望と言いますか願望と言いますかあのそのですから!ここは五千円っ!五千円でっ!」
男2「ものすごい早口になったと思ったらいきなり半額になった。」
男1「は、ははは…か、買いませんよね、そんな、急に腕時計なんて…」
男2「いえ、買わせてください。」
男1「えええええああああいあいええっ!?!?」
男2「ど、どうしたんですか?ものすごい驚いてますけど?」
男1「あ、あなた…」
男2「はい」
男1「あなた、僕の話聞いてました?」
男2「ええ、工場の火事でヤケドして入院したのに、その工場は潰れて給料を高級時計で現物支給にされてしまったので、入院費を払うために腕時計を買い取ってくれる人を探しているんですよね?」
男1「完ぺきに全部説明できてる!そ、その話、全部信じたんですか?」
男2「あはは、信じるもなにも、あなたが言ったんじゃないですか。」
男1「そ、そりゃそうなんですが。」
男2「でも、よくありませんねぇ。」
男1「ひぃっ?!」
男2「大切な給料の代わりにもらった時計を、そんなに安く売ってしまったら、入院費用どころか、生活だって苦しくなるでしょう。」
男1「え?えっと…はい…まぁ…」
男2「その時計、私が20万円で買います。」
男1「なっ?!20万円?!あなた、お、お金持ちなんですか?!」
男2「ははは、まさか。私も大した給料はもらってません。その上子供はまだまだお金がかかる年頃で、自由になるお金は妻からおこづかいでもらう月一万円だけです。」
男1「そ、それじゃあ…」
男2「そのこづかいを節約して少しずつ貯める事にしましてね。子供の入院とかでしばらくこづかい無しの期間もありましたし、結構長くかかっちゃいましたが、先日やっと目標にした20万円を貯める事ができたんです。」
男1「20万円…」
男2「それで、貯めたお金をどう使おうか考えてるところで、あなたを見かけたんです。」
男1「じゃあそれは、あなたが長い間かかって貯めた大切なお金じゃないですか。」
男2「そうです。いろいろとガマンして少しづつ貯めた、大切なお金です。だから、無駄遣いはしたくない。何か意味のある事に使いたいと、思っていたんです。」
男1「意味の…ある事…」
男2「その時計を買うことであなたの窮状を救えるんなら、これはきっと、無駄遣いにはならないでしょう?」
男1「……」
男2「どうしました?」
男1「……ダメです。」
男2「ダメ?」
男1「ダメだダメだダメだ!あなたにこの時計を売ることは出来ません!」
男2「どうしてですか?」
男1「それは、それは…僕の話が、全部嘘っぱちの…詐欺…だからです…」
男2「おや、詐欺だったんですか?でもどうしてバラしちゃったんです?もう少しで簡単に大金が手に入るとこだったのに。」
男1「あなたは赤の他人の僕を心配して声をかけてくれてた。真剣に話を聞いて、それを信じてくれた。その上、苦労して貯めた大切なお金をそっくりまるごと渡そうとする人を騙すなんて、いくらなんでも出来ませんよ…」
男2「なるほど。しかし、そんな性格では詐欺師としてやっていくのは難しいんじゃないですかねえ。」
男1「ははは…詐欺師未満です。これが初仕事でしたし、自分には詐欺は向かないって、よくわかりましたから。騙そうとして、本当にすみませんでした。」
男2「でも、だとしたら変だなあ。」
男1「何がですか?」
男2「最初にも言いましたが、僕は『本当に困ってる人』にピンとくる体質なんです。あなた、何か別の理由で本当に困ってるんじゃ無いですか?」
男1「ああ、その事ですか…実は、僕は小さな喫茶店を経営してるんですが、最近、ガラの悪い連中に目をつけられてしまって。」
男2「営業妨害、ですか。」
男1「はい、やめて欲しければ金を用意しろと。ですが店の経営もやっとの状態で貯金なんかないといったら、この時計詐欺をやれと言われまして。」
男2「なるほどねえ。」
男1「すみません。連中の事は、なにか別の方法を考えます。」
男2「んー、ではどうでしょう。私の職場で、詳しい話をしていただけませんか。」
男1「あなたの職場で?どうして?」
男2「実は私、刑事なんて仕事をしておりまして。しかも奇遇な事に、そういった案件の専門だったりします。きっと、お力になれると思いますよ?」
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