怪しい世界の住人〈河童〉第四話「水虎のこと」
❺ 水虎のこと
江戸時代に書かれた『奇談雑史』の中に猿が水虎と戦う話があります。こちらは弘化の頃と言うので1845年から1848年にかけての話です。場所は大隈、現在の鹿児島県の最南端、大隈半島です。
この文章では最初の部分に、
——弘化の頃だろうか、大隅の国某と言う里に、日本廻国の修行者が猿を連れて来た。
とあります。
日本廻国と言うのは諸国を巡り歩くと言う意味です。
また、猿を連れているのは〈猿回し〉ではなく〈修行者〉とありますので、こちらの方は又聞きな感じがします。果たして修行者が猿など連れて歩くものでしょうか? 私はそのような話を知りません。
物語は、
——夏の日、その人は水を飲もうとして猿を道の傍の木に繋ぎおき、川の端に行って水を飲み掛かった時、つい水虎に引き込まれ水中に沈んだ。これを知る者はない。
この時、旅人がひとり通りかかると、道の傍らに猿が一匹、木につながれている。猿はその人を見て両手を合わせ涙を流し拝む故に、その人は縄を解いて猿を放すと、猿は喜んてそのあたりの川の端に行った。
旅人が怪しんで見ると川岸に荷物がある。
猿は忽ち水中に飛び入り、暫くして修行者の死骸を引き上げてきた。また水中に飛び込んで暫くした後、水虎を殺して死骸を引き上げた。猿は水連の達人であるので水虎は何よりも猿を恐れると聞く。
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