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播磨陰陽師の独り言・第二百五十五話「もぬけのから」

 ゲーム会社にいた頃、何度か社員が来なかったことがありました。
「スタッフ、来いへんけど、今日、休みかなぁ?」
 と誰かが言うと、
「さぁ、聞いてないけど……もしかして、無断欠勤やったりして」
「忙しいのに、そんなぁ……ただの体調不良やろう。誰かお見舞い、行って来て」
 何人かお見舞いと称した様子見に行って、やがて電話が掛かって来ました。
「もしもし、大家さんに部屋を開けてもらったら、もぬけのからでした。夜逃げですわ」
 住んでいたところには誰もおらず、家具や荷物もありませんでした。まさしく〈もぬけのから〉状態でした。
 会社は給料は良かったのですが、仕事はかなり厳しかったです。何人か夜逃げした社員を見ています。

 夜逃げと言えば、当時、私は見慣れていました。社員が夜逃げしたのは数回でした。しかし、事件屋の仕事の中に、夜逃げの手伝いも含まれていたから見慣れていたのです。こっちの夜逃げは命掛けです。裏の借金取り……いわゆる〈高利貸し〉や〈ヤクザ屋さん〉から逃げるのです。完全に行方不明にならなければ、どこかで見つかってしまいます。しかも、逃げるのは相手も知っています。どこで、どのタイミングで逃すのか、あるいは、どこに逃すのか……などが重要になります。そして、落ち着く先での必要な書類を揃えます。時には偽造した書類も必要になります。名前を変え、人生を変えるためにする夜逃げなのです。書類で簡単に追跡出来るなら、夜逃げとは呼べません。
 ゲーム会社の夜逃げするスタッフは、簡単に追跡出来ました。しかし、能力もなく、やる気のないスタッフを連れ戻そうとは思いません。どうせ首にする候補なので、こちらから揉め事にしないだけでもラッキーでしたが……。

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