怪しい世界の住人〈龍神〉第十二話「関門海峡の伝説」〈最終回〉
今回で最終回となります。皆さん宜しくお願い致します。
弟は疲れたのでしょう、その木の下に進んでヨロヨロと彷徨い出て来ました。すると、ひとりの美しい女性が龍宮の門を開いて出て来て、綺麗なお椀に水を汲もうとしたので、彼が思わず仰ぎ見ました。
疲れ果ててヨロヨロとした見知らぬ男がギョロリと見上げたので、その美しい女の人はとても驚いて逃げ帰り、父母に、
「門の前の木の下のところに、ひとりの珍しい男の人がいました」
と申し上げました。
そこで、竜宮城の主人・海神の神は、八重の畳を重ね敷いて男を招き入れ、そこに座らせて来た理由を尋ねました。弟・彦火火出見尊はことの経緯や事情を話したので、それを聞いた海神の神は、大小の魚たちを集めて問いただします。しかし魚たちは、皆、
「知らず。ただ赤女、この頃、口の傷ありて来たらず」
と言いました。この赤女とは鯛の古名です。
鯛を呼んで口の傷を探ると傷の中から、失った筈の釣針が見つかったのです。
そうして、なぜか色々とあっていつの間にか彦火火出見尊は海神の神の娘・豊玉姫を娶り、龍宮に住んですでに三年が経ちました。
龍宮は安らかで楽しかったのですが、彦火火出見尊にはやはり故郷を思う心が残っていて、たまに、ひどく嘆いてはため息をつくことがありました。
豊玉姫はそれを聞いて父に、
「天御孫は心を痛めてしばしば嘆く。それは国を懐しむ憂いありてか?」
と言いました。
海神の神が彦火火出見尊を招くと、
「天御孫、もし郷に帰らんと欲さば、我らまさに送り奉らん」
と語り、すでに探し出した釣針を渡し、
「この鉤を持ちて、汝の兄に与える時は密かに鉤を呼んで〈貧鉤〉と言って、しかる後に、与え給え」
と、何やら怪しい呪文を教えました。この貧鉤とは呪いの言葉です。
また、潮満玉と潮涸玉を授けて、
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