播磨陰陽師の独り言・第499話「旅人を歓迎する文化」
日本を訪れたことのある外国人の多くは、また、日本に来たがるそうです。リピート率の高さで言えば日本は上位に位置します。
わが国には旅人を歓迎する文化があります。しかし、たまたま今の時代、外国人が旅人としてわが国を訪れているだけです。
江戸時代にも国内で旅行ブームが起きました。旅行案内本が多数出版されベストセラーになりました。各地の名所や名物が記載され、多くの人々が本を頼りに旅をしました。
よく言う、
「名物に美味い物なし」
とは、この頃に流行った言葉です。
私が気に入っているのは、
「あったけえ冷や飯、いかがかねぇ」
と言う当時の売り声です。
冷や飯に熱いお茶をかけて食べさせていたそうです。『東海道中膝栗毛』の中の言葉です。
この頃から旅行客を歓迎する風潮がはじまりました。旅人を歓迎して、遠い異国の話を聞いたと言います。当時、異国と言えば外国のことではありません。江戸から見れば大阪は異国でした。今の都道府県は旧藩が違うので、隣りの藩は異国感覚でした。
土地によっては只で寝泊まり出来るところもありました。これを〈善根宿〉と言います。善根宿は無料で寝泊まり出来るどころか、お弁当までも持たせてくれたと言います。丁寧に善根を施して、知らない異国の話を聞くことが宿の目的になります。この旅人を歓迎して楽しむ文化が、今の時代となって外国人相手に変化したのです。
古い言葉に、
——旅の恥はかき捨て。
と言うものがあります。旅では適当に暴れでもしたのでしょうかと、勘違いしてしまいそうな言葉ですね。しかし、言葉の意味はこれとは違っています。
——旅先では当地の風習や常識を知らないので、多少失礼なことをしてしまったとしても、恥はその時だけのものだから気に病まない方が良い。
と言う意味です。江戸時代は恥をかくことが極端に嫌われた時代でした。
「恥をかくくらいなら死んだ方がマシ」
とも言われていました。
実際、借金の証文に、
「もし返せなかったら、皆の前で恥をかかされても結構です」
と言うような内容のものを見たことがあります。これほど恥が嫌われました。
もし誰かひとりが旅人に失礼な対応をしたとしたら、後で観光地そのものが恥をかきます。ひとりの対応の問題ではなくなるのですから……。
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