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播磨陰陽師の独り言・第三百八十八話「神無月の終わる時」

 はやいもので、もうすぐ十月も終わります。十月は神無月でしたので、神のいない月が終わると言うことです。世の中では、この月はハロウィンにあたります。
 ふと、考えると、神無月とハロウィンは何やら関係ありそうな感じがします。しかし、実際は無関係です。
 諸説ありますが、元々はケルト人を起源するお祭りで、ヨーロッパでは五月のものでした。〈ハロー・ウィーク〉と呼ばれていて一週間ほどの期間をさします。それが、アメリカに渡ってから十月の月末になりました。そしてお化けに仮装して騒ぐようになったものです。
 別な説では、
——最初から十月末に行われていた。
 とも言います。これだと神無月に関係ありそうな気もします。
 出雲では、十月を〈神有月〉と呼びます。日本中の神々が出雲に集まるので、こう呼ばれている訳です。しかし、実際は日本中の神々は集まりません。縁結びを主とする神々だけが集まり、他の神々は出雲は行きません。そのことから、
——なぜ神無月と呼ばれるのだろう?
 と少し疑問が浮かびます。


 さて、播磨陰陽道に伝わる神無月には、出雲大社は出て来ません。
 古事記の中に天照大御神が天岩戸に隠れたお話があります。その時がつまり〈神無月〉だと伝わっています。神がお隠れになったので、神がいない月となり、その月を〈神無月〉と呼んだそうです。この月に色々とあって一条の光が地上をさします。その場所を〈針間〉と呼びました。この針間が、やがて〈播磨〉となり陰陽師の故郷となったのです。
 播磨陰陽道に伝わる話によると……天照大御神が天の岩屋戸に隠れた時のことです。岩屋戸の外が楽しそうに騒がしくなり、天照大御神は首を傾げます。
「このごろ世の中は暗く、恐ろしいと言うのに、神々は、なぜ、楽しそうに笑っているのだう?」
 すると岩屋戸の外にいた神が言います。
「新しい神が現れたので、皆、喜んでおります」
 それを聞いた天照大御神は、少し岩屋戸を開けて様子を見ようとします。
 その時のことです。外にいた神が鏡を岩屋戸の隙間に差し込んで、岩屋戸から漏れる光を反射させます。光を見て天照大御神は、新しい神が現れたことに驚きます。光を鏡に反射させた瞬間、一条の光が天目一津神《あめのまひとつのかみ》の目に反射して地上にあたります。それが播磨の国に霊力の強い人々が生まれるようになった理由となりました。そして、播磨の国は陰陽師の故郷と呼ばれるようになった訳です。
 この伝説は十月のことです。まだ一年と言う概念がなかった神話の時代のことなので、十月のことと言うより、神話の時代を十二等分した中の十番目にあたる話かも知れません。

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