いつか同じ空の下で笑えたら(完結)
西に着くまで四週間を切っていた。
サナエはその後も絵を描いた。
羊皮紙に、ボロボロの絵の具で絵を描いては、私は嬉しい気持ちの時にこういうものを描くの、悲しい気持ちの時はこういうものを、と教えてくれた。
サナエによると、絵を描くことは心を表すことらしい。
例えばありもしない生物や、現象を描くのは、ここ以外のどこかに行きたいという欲求の表れだとか。
「サナエは、ここじゃないどこかに行きたかったの?」
「そう、私、お母さんがあんなだったから……けど本当はお母さんにも救われて欲しかった。お母さんは生きていて、とても苦しそうな人だったから。なんでも人のせいにして、私やお父さん、姉さんたちを不幸せにする人だった……」
「そう……今は?」
「今は随分とマシよ。こういう風に、絵を描いたり、ムラで兄たちと過ごすようになってからは。私も母と、どういうふうに接したらいいか分かってきたのよ」
「サナエは?サナエは今も、ここじゃないどこかに行きたいと思っているの?」
「……分からない。分からないわ。このドームでの生活はとても、楽しかった」
「そう言って貰えて、本当に良かった。星も、見れたしね」
「私は人を助ける仕事をしたいの。私も苦しかった時、随分と助けられたから。ムラにはね、先生と呼ばれる人がいるの」
「先生?」
「そう、先生。色々なことを知っている人よ。その先生も昔は辛い思いをして、今はムラでたくさんの人を幸せにしている。その人に私も救われた。先生は私の絵を見て、私の心理状態を読んでくれるのよ」
「へぇ、そんなことがあるの」
「そうよ。それで私は、私自身を取り戻すことが出来たの。お母さんといたときは分からなかった、決める力や自分を幸せにする力。ねぇ、カイト。私、カイトに夢を叶えて欲しい。カイトには無限の可能性があるのよ。こんなちっぽけなドームに留まる必要なんてない。天文学者になって欲しいな」
「いいね、それ。ボクは星を見て、サナエは絵を描く。なんて素敵なんだろう」
「そうでしょ?ムラにはなんでもあるのよ。嫌なことなんて、ひとつも無い……」
へぇ、それは素敵だなと口にはしながらも、ボクは半ば半信半疑だった。
本当にそうなのだろうか。
本当にそんなこと、有り得るのだろうか。
ボクの短い人生の間でも、嫌なことなんてたくさんあった。
数え切れないほど。
友人をなくしたこと、毎年よりトガの収穫が少なくて冬に惄い思いをしたこと、どうしても母さんと分かり合えなかったこと、雨で星空が見られない日が続いたこと。
泣いた日だって、たくさんあった。
それでも、それでもいつだって晴れ間はやって来る。
父さんや仲間たち、母さんがボクを励ましてくれた。辛い夜はいつかきっと、明けるんだ。
だから人は生きていけるんじゃないだろうか。
サナエの言う、嫌なことがひとつも無い世界なんて本当にあるのだろうか。
(ボクには分からないや。トガを食べて、運んで、駱駝達も羊達も、そりゃ大変なことだって一つや二つ所じゃないけどさ。それでもこうやってみんなで支え合って生きていく、それが人生なんじゃないのかな……)
それでも、星を見続けられるのは嘸かし幸せだろうと考えた。
サナエがいる。
ボクは友人と、星や絵のことを話す。
なんて幸せだろう、同じ空の下、ボク達はずっと平和に、誰も傷つけることなく……。
(分かり合えないことなんてひとつも無いのかもしれない。みんな違うだけで、米でもトガでも、ボク達は手を取り合えるのかもしれない)
もうすぐで西に着く。そしたら母さんにこのこと、話してみよう。サナエの星の絵を、見せてあげよう。
そこからボクは、サナエと仕事をして、一緒に話して、サナエの絵を見て、たまにボクも絵なんか描いたりして。
サナエはボクにストレスが溜まっていると心配していた。
この小さなドームでずっと暮らしていたから、外に出たいという気持ちが強まっているんだわ、と。
羊皮紙に隙間が多いのは、心を満たせていないからよ、と。
ボクは頗る絵に自信がないんだ、だからサナエのように大胆に上手く描けないだけだと思うんだけどなあ。
そんな時サナエはクスクス笑って、そんな事ないわ、カイトの絵、味があって素敵だものと言ってくれた。
下手なりにボクも絵を描いて、見た事ないサナエのムラの絵も描いたりなんかした。
「カイトの描く蛇、凄く細いのね。細い蛇を描く人は、あんまり人を信じられない人なのよ」
「そうなのかな。なんだかボクの描く蛇、ひょろひょろで痩せたトカゲみたいだ。やっぱりボクの描く絵が下手なだけだよ」
「ううん、そんなことない。カイトはここでの生活しか知らないから、きっとそういう風に内気になっているだけよ。私、カイトが心配だわ。私も母さんと暮らしていた時、自分にストレスなんて無いと思っていたもの。けれど違った。人はそこでの生活が長いと、感覚が麻痺してしまうの。やがてストレスもストレスと感じなくなって……それが一番怖いのよ。そう、先生も教えてくれた。あぁ、カイトを先生に会わせたいなあ!先生ならもっとよく、カイトの心を見られるのに!」
「へぇ」
ストレス、ねぇ。
そりゃまあボクはのんびりしている方で、たまに姉さんやオンバ達に叱られるけれど、それはストレスなのかな。
いやそんなことないや、大好きな星が見られない間でさえ、次見るのがより一層楽しくなるとワクワクするんだもの。
辛くて眠れない夜だって、牛や羊に話しかける。
それでダメなら父さんや祖父に聞いてもらうんだ。
「ストレス、ねぇ。みんなで助け合って生きなくちゃ」
「カイトはいつも、それね……」
「大切なことだよ。特にこういう暮らしをする者にとっては。ボクはサナエが悩んでいたりしたら、話を聞きたいと思うし、なんとか解決したいと思う。絵を描くのも素敵だけどさ、もっとこう、本当の願いが叶うといいね。幸せを、掴めるといいな」
「そうね……」
ボクが父さん達に呼ばれたのは、それは星の綺麗な夜だった。
西へ着くのはもう間もなく。二週間を既に切っていた。
星が見られる最後の夜だと思ってサナエを誘って見に行こうとしていたら、サナエさんはもう眠ったからと言って第二ドームに連れ込まれた。
「やっぱり減っている」
「ああ、明らかに」
「あの日以来、か……」
「もっと早くに気づいておけば」
「まだ間に合うさ、誰も飢えていないし、ちゃんと間に合っている。最小限で済んださ」
眠り込む子供達を横目に、なにやら父さんと祖父が話し込んでいた。
トガの記帳を怖い目で見つめては、ウンウンと唸っている。
「なに?どうしたの?」
「ああ、カイト。よく来た。急なんじゃがな」
「サナエさんとは明日ここでお別れすることになった」
「え?なんで。もうちょっとで西に着くんじゃないの?」
「サナエさんは、トガビトじゃ」
「トガビ……」
「トガの実を奪う部族のことじゃ」
「なにそれ?なんで?」
全く話が見えてこない。トガビト?なにそれ?
そんなの何百年も前の、御伽噺じゃないの?
「そりゃボクだって子供の頃は聞いたよ?オンバや母さんから。けど、そんなの御伽噺だろ?創り話だ。子供騙しだよね?だいたいサナエがそれだって、どこにそんな証拠があるの?」
「あの時だよ、サナエさんの従姉妹が東へ戻ると言った時。あの時、自分達の荷物と称してトガを持って帰ったんだ。くそぅ、やっぱり誰も旅人なんか見ちゃいなかった……。明らかに減っている。サナエさんは、トガビトなんだ」
「トガビトはな、創り話でも無いんじゃよ、カイト。よぉく覚えておきなさい。御話の、肝心で一番悲しい部分は存外真実だったりするもんじゃ」
古く、ボク達の御先祖はトガの実を神様から授かった。
東で出来たトガの実は、不思議とひとつの土地に留まることが出来ない。その土地でトガを作り続けると、向こう数十年はその土地で作物が育たなくなる。
それでボク達の御先祖は、なんとか大陸中を蔓延する砂嵐を乗り越えながら、家畜とトガの実を運び西と東を往復していた。
必死になって、その技術を磨き上げてきた。
東に人間が住まない間、その土地は自然生物達の楽園となる。土壌が潤い、トガが美味しく育つようになる。
西の土地では母さん達がトガの元と水を護っている。僅かな人数で西に留まり、水を生成して保存して、ボクを含めた子供達や大人は、東と西を往来する。
御先祖は東でトガの実を作っては西に運んで、短い冬を越すとまた東に戻りトガの実を収穫する生活を築いてきた。
そこにトガビトと呼ばれる部族が現れる。
否、ボク達がそう呼んでいるだけで、彼らがなんと自称しているかは知らない。
神からの試練をものともせず、安住の地を目指す部族。
それらは自らの手でトガの実を育てることも無く、ただ他のグループに忍び込んではトガの実を奪い、痩せた土地での永住を目論んでいる。
サナエはその、トガビトたちの一部だと言う。
「サナエはそんなんじゃない!サナエはそんな悪い人じゃない!」
「じゃがな、カイト」
「信じない!サナエは、だってサナエは……」
ボクは泣いていた。必死の形相で父さん達を止めようとしたけれど、本当は心の中ではわかっていた。
全部嘘なんだ。
いや、全部じゃないんだろうな、きっと。
半分くらい、嘘なんだ。
爺ちゃんの言う通り、肝心で一番悲しい部分はきっと、本当なんだ。
サナエは本当にお母さんと仲が良くなかったんだ。サナエは本当に、父さんや兄さん達がいなくて哀しい思いをして育ったんだ。
ボクみたいに、仲間や家族に恵まれず。
だからといって、サナエがそんな悪い人なわけが無い、トガビトなんかじゃないと、そう信じたい気持ちもまた、本当だった。
だって、あんなにも綺麗な絵を描く人なんだから……。
羊皮紙に描かれた、赤色や緑でキラキラと輝いている星を思い返した。
ああ、ボクは生まれてきて初めて、本当の星空よりも綺麗なものを見た気がしたのになあ。
「明日の朝、でいいな?」
「ああ」
項垂れるボクの前で、爺ちゃんと父さんはボクらの別れを決めてしまった。
それでも納得しきれず、食い下がる。
「西の土地は?サナエたちが住んでる、星の毎晩見れるところは?エイジュウ出来る土地があるってサナエは、」
「サナエさんは、具体的な数値を言ったか?」
「それは……」
「具体的に、ここから何区間西と北に向かった場所か示してくれたか?」
「それは……」
「そんなものは無いんじゃ、カイト。そんな理想郷はこの世界には無くて、ちっぽけなわしら人間は手を取り合い必死になって生きていくしかないんじゃよ。トガを作り、トガを撒きトガを植え、トガを収穫して運んで保存して。その技術を子らへと引き継いで。そうして生きていくしか無いんじゃ。辛いのう、いずれここを継ぐお前にこれを話さねばならんわしらの身にもなっておくれよ……」
「けど、言ったら分かるかもしれない。サナエに、住もうって、トガビトを抜けて、ここで住もうって言ったら」
「あのな、カイト。いい加減にしろ。お前ももうわかってるんだろ?トガビト達とは信じている神様が違うんだ。分かるだろ、お前ももう聞き分けの分からない子供じゃない。分かるはずだ。あいつらに何を話しても通じない。信じているものが違うのだから。やがてそのグループを巣食って、自分達を大きくするんだ。見ている世界が違うんだよ。見えている色が違うんだ。理想としている世界が違うんだ」
「サナエさんがどっちなのか分からないがな、古く、様々なグループを追われ、苦しい思いをしていた人達がいたそうじゃ。それはトガが十分得られなかったからなのか、その人達に問題があったからなのか、そのグループ自体に問題があったのかは分からない。じゃが、そういう人達を付け狙ってトガビト部族は大きくなっていったんじゃ。取り込まれた人達はもう、普通には戻れない。そうやって世界を恨み人を嫌って、人からトガを奪うことでしか生きられなくなるんじゃよ。わしらもさっさと撤退する他、何もしてやれることは無い」
「そんな……」
誰の罪だと言うのか。
誰が悪いというのか。
トガが十分に取れないから?
ボク達が移動をする際、この小さなドームの中で仲良く出来ないから?
何が悪いのだろう。
どうして分かり合えないのだろう。
手と手を取り合って人が生きなきゃならないのなら、トガビト達はどうなるのだろう。
被害を受けた人達は、誰を恨めばいいのだろう。
どうしたってボクは、サナエとは一緒に仲良く暮らせないのだろうか。
「……サナエは、サナエはね、天文学者がいるって言ってた。ムラに、いるんだって。ボクの夢は叶うと言ってくれた。無限の可能性があるって。サナエは、人を助ける仕事がしたいんだって。ボクの星の知識を必要としてくれる人がいるって。そんな人、そんな人本当は初めからいなかったんだ……」
ああ良かった、困ってる人はいなかったんだ。ボクがそのムラに行って、"初めまして、グループから来たカイトです。移動生活が長いのでみなさんよりも少しだけ星のことを知っています。星はこうやって見るんですよ、その他にも色んなことを知っていてみなさんを助けることが出来ます。例えば水を貯蓄するには……"なんて言わなくても、はじめから困ってる人なんて居なかったんだ。それを知りたがってる人なんて、みんな、全部、御伽噺だったんだ。
良かった、良かったんだよこれで。
良かったはずなのに……。
ボクは虚空を眺めたまま、涙を止めることなど出来なかった。
ボクはその夜、星を見た。
サナエは誘わず、ひとりで外に出た。涙はまだ静かに頬を、伝っていた。
それは綺麗な星空だった。
ボクの鬱屈なんて露知らず、美しく輝いていた。
(駱駝座だ)
コブが3つあるように見える星を東の空に見た。
そうだ、駱駝でここを抜け出そうか?ふたりで、サナエとふたりで抜け出して、そしたら、そしたらボク達ふたり……。
(どこまでだって、走っていけるだろうか)
ボクには父さんがいる。母さんも。爺ちゃんもいて、子供達もいる。オンバも姉さん達も皆、優しくしてくれる。
ボクはそういう所で生まれ育った。
泣いている時に、声をかけてくれる人がいる。
そういうところでボクは育った。
(サナエの婆ちゃん、元気してるのかな)
それも全部嘘だったのかな。サナエが苦しかった幼少期、お婆ちゃんだけは味方をしてくれたと言っていた。
それは本当だったのかな。せめてそれが本当だったらいいな。
ボクの信じたい、そう願うところが本当だったら良いのにな……。
少し体が冷えてきた。
ひとり、寝床に戻ってドームの天井を見上げる。
もうこうしてサナエとふたり、天井を眺めて話をすることもないのだろう。
どうして、どこを間違ったのだろう。
どこか違う場所で出会っていたらボク達は友達になれたのだろうか。
歯痒い、とはこういう気持ちを指すのだろう。
(ただ、サナエと友達になりたかっただけなんだ……)
涙は頬を伝っていた。
哀しみを背中に抱えて、眠りについた。
「カイト!最後にカイトに会いたいの!」
翌朝、サナエの声で目が覚めた。
「カイトは寝込んでおってな、外で星を長く見すぎたんじゃ。移ると悪いから、テントで寝かせてやってくれ」
「そんな!カイト!カイト!」
今度はドームの外からはっきりと声が聞こえる。
出会ったあの日の朝とは違って今度ははっきりと、サナエの声が聞こえる。
ボクは寝返りを打った。耳を塞いでしまいたかった。
もう会うわけにはいかない、会ったところで何を話せばいいのだろう。
騙しやがって!
そう罵ればいいのか。
全部嘘だよね?ボクの父さん達が嘘を言っているんだよね?
そう、乞おうか。
一体誰に罪がある。
みんな仲良く暮らせないボク達にだろうか。それとも止まない砂嵐に?
「カイト!聞こえてるんでしょ!カイト!」
ギュッと目を瞑って、星を想像した。
キラキラ輝く綺麗な星達。
いつか同じ空の下で、ボク達もあんな風になれたらいいな。
その日ボクは起き上がらずに、一日中自分の寝床でふて寝していた。
その晩用を足しに行くと、父さんと爺ちゃんが話しているのが聞こえた。
夜中にサナエは出ていくそうだ。
サナエが抵抗したのかどうなのかは分からないが、数ではボク達に勝つことが出来ない。
半ば脅すように言わなくても、サナエは状況を飲み込んだのだろう。
思えばどうして、初めから騙すつもりで砂嵐の中、駱駝とルーグと一緒に突っ立っていたのだろうか。
ボク達が通らなければ、違うグループに属して、なんとかトガを奪い、そのグループ内に忍び込んでいたのだろうか。
色々なことをサナエと話した。
夢のこと、絵のこと、星のこと、自分達の生活のこと、食事のこと、家族のこと、どうやって生きるのか、どうやって人は人と繋がっていられるのか……。
ドームでの暮らしは楽しかったと言ってくれた。
あれも全部、嘘だったのだろうか。
サナエの言う、自分を幸せにする力ってなんだろう。
ボクがもし、このグループを追われ、惄い思いをしてうんと辛くて、誰にも話すことが出来なかったら。
誰も助けてくれなかったら、そのムラの連中と一緒に過ごしていただろうか。
ボクは運が良かっただけなんじゃないだろうか。
(……サナエは、サナエもまた、被害者だったんじゃないだろうか)
ボクの頭でどんなに考えても、解決策が見出せない。
どんなに考えても、サナエは違う空の下にいるんだと言われれば、それまでだった。
(……さようなら、サナエ。幸せでね)
もう会うことはきっと、無い。
ボク達の空が交わることは無かったんだから。
もう話すことなど、なにも……。
気がつけば食事台にいた。
きっとここを通ると思ったから。
「サナエ、忘れ物だよ」
「!!カイト……。それは……あげるわ。きっと私を思い出し、」
「これはサナエの絵じゃないか。サナエがこれを、旅商人なんかに売るんだろう?ボクが持っていても仕方ない。夢を叶えないと。さ、ほら」
ボクの手には羊皮紙が握られている。
サナエの描いた、星達の絵。
本当に本当に、美しい絵だった。
とぼとぼと歩いてきて、サナエはそれを受け取った。
「さようなら。気をつけてね」
返事も待たず、寝床へ戻った。
背中は濡れてもいないのにまるで湿っているように非道く冷たく感じられた。
もう随分と昔の話をボクは思い出していた。
トガビト達は今もまた、そうして暮らしているのだろうか。
「それで?父ちゃんはもうその人とは会ってないの?」
「そうだよ。トガビトだからね。お前達も気をつけるんだぞ、なんでも人の言うことを信じちゃいかん」
「はあ〜い」
「お父ちゃんは、サナエさんのこと、嫌いになったの?」
「そうだな……嫌いにはなっていないよ。ただ、いつか同じ空の下で笑えたらと、今でも思っているよ」
「トガビトは悪いやつなのに?」
「何が、誰が本当に悪いんだろうね。仲良く出来ないボク達か?怠惰に働かないトガビト達か?それは今でも分からない。ただ、本当に綺麗な絵を描く人だったから……さ、明日も朝は早いんだ。もう少しで西に着く、母さん達に元気な顔見せたいだろう」
「うん!」
「じゃあもう寝なさい、おやすみ」
「おやすみなさ〜い」
やがて子供達の寝息が聞こえてくる。
もう少しで西に着く、この辺りを通る時、ボクは時々思い出す。
星が綺麗で、コブが3つあるように見える星座を見た時、思い出す。
羊皮紙の裏にはこう書いた。
「自分を幸せにする力を、ボクはサナエに教わった。サナエもそれを持っていると思う。ボクはサナエの本当の幸せを願う」
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